※ 第3話 逆襲



「遅いぞ」


「ごめんなさいお父様。躾部屋に居たものですから」


「まぁまぁ、そんなに遅れた訳でも無いのだから。ね?」


「ふん……」



私達の父……花柳院 勇一の前でも私は犬の様に四つん這いだ。

そんな私を父も母も祖父も祖母も不愉快そうに見ている。


豪華な食事が食卓に並ばれる中、私はというと目の前にシリアルに牛乳が入った犬用ボウルが出された。

私はそれに顔を寄せて舌を伸ばす。



「ん……」


「クスクス……良い子ね影」



そう言って麗華は私を撫でる。しかし言葉とは裏腹にその言葉に優しさは感じられない。


……調べた限り、長子が絶対的な権力を得るのは昔から変わっていない。

だけど、実の家族を奴隷のように扱う者は少なかった。

双子ともなれば、一番親しい従者のような関係性だった者が殆どだ。

麗華が際立って異常なのだ。

ただ、だからと言って家族が私を助けてくれる訳では無い。

寧ろ毎度不愉快なものを見せつける私に対して、侮蔑するような目で睨んでくる。



「それで、麗華。大学の件だが……」


「承知しております。私は皇名国際大学へと進学致します」


「あぁ、それは良い。私が聞きたいのは従者の事だ。本当に影だけで良いのか?」


「はい。影なら一通りの事は出来るので。それに今の時代、従者をゾロゾロと連れていては周りから距離を置かれてしまいますわ」


「うぅむ、そういうものか……わかった。麗華がそう決めたのなら私からは何も言わん」


「ありがとうございます」



……なんだって?

皇名国際大学は花柳院家御用達の大学だ。

なんでも創立の段階で花柳院家が深く関わっていて、花柳院家の長子は代々従者を連れてそこに入学する。

寮、という名の豪勢な別荘のような家が用意されていて、花柳院家の子供が快適に過ごせる様になっている。

部屋数も多くて、世話係を複数人住まわせる事も出来るけど……麗華と2人っきり?

つまり……麗華を守る存在が居なくなるって事?



あまりに馬鹿げた考えだ。

上手く行く筈が無い。

でも、それでも……一度希望を見出してしまった以上、私は止まれなかった。


やるしか、無い。



※※※※※



あれから時が過ぎ、麗華と私は皇名国際大学に入学。

大学に通い始めてから既に3日経ったけど荷解きは終わっていない。

昼は大学に付き添い、寮では麗華の世話や遊びに付き合わされたりで荷解きが進まない……と麗華には言ってある。

正確には、ある物が届くまで段ボールが積まれている状態を維持する為に敢えて遅らせている。

紛れさせるには段ボールが置かれている方がやり易いから。

そして、例の物はようやく今日届いた。



「終わった?」


「はい、概ね」


「つまり終わってないのね? 後でお仕置きよ」


「……申し訳ございません」


「シャワーを浴びてくるから、夕食の準備をしておきなさい。

あぁ、あと拘束椅子の掃除もね。後で貴女が座る事になるんだから」


「かしこまりました」


「じゃ、着替え持って来なさい」 



そう言うと麗華はさっさと浴室に消えた。



「……よし」



覚悟を決めろ、花柳院 影……!



※※※※※



「♪〜♪♪〜」



浴室から上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

私はその扉の前に立ち、大きく深呼吸をした。

そして意を決して口を開く。



「麗華様、お着替えをお持ちしました」


「一々言わなくて良いわ」


「申し訳ございません。……麗華様、お背中を流させて頂けませんか?」


「あら、殊勝な心掛けね? そんな事をしてもお仕置きはやめないけど」


「失礼します」



浴室の扉を開き、中に入る。

湯気が立ち込める中……麗華はシャワーを浴びていた。



「!」



その姿を見た瞬間、思わず息を飲む。

濡れた黒髪が張り付き、妖艶さを醸し出している。

透き通るような白い肌に均整の取れた身体つき。美しい曲線を描いている胸や尻には目が吸い寄せられそうになる。

そして何よりその背中の美しさだ。シミ一つ無い透き通るような白さに見惚れてしまう。

双子で同じ身体付きなのに何故こうも扇情的なのか。精神的な余裕の違い?



「影?」


「……失礼します」



いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

一度深く深呼吸をして……麗華の首に腕を巻き付けた。



「っ⁉︎ 影……⁉︎」



麗華は腕に爪を立てて抵抗するけど、体格が同じな以上は背後から不意打ちで絞め技を掛けられた方が圧倒的に不利だ。

麗華の膝裏を押して腰を落とさせる。



「か、ぁ……っ」



浴室の壁まで追いやり、それでもまだ抵抗する麗華の首に更に力を込める。



「あが……かはっ」



気道が塞がれて麗華の口から苦しそうな声が漏れて……不意にだらんと麗華の両腕が垂れ下がった。



「はぁ、はぁ……」



慌てて絞めていた腕を解くと、麗華は人形の様にズルズルと床に崩れ落ちた。



「死んではいない……よし」



私は気絶した麗華を抱えて浴室を出る。

意識のない人間のなんと重い事か。




※※※※※



「ん、んん……」


「起きた? 麗華」


「かげ……っ⁉︎ 貴女何をっ、な、動けない……⁉︎」



麗華は拘束椅子に座り、身体の各所を頑丈なベルトで幾重にも巻かれている。

当然わざわざ服を着せたりはしてないから全裸だ。



「麗華、私考えたんだ。私はずっと貴女の奴隷だった。でもこれからは違う」


「何を言って……」


「これからは……私が主人で、麗華が私の奴隷になるんだよ」



そう言って私はリード付きの首輪を麗華の首に嵌めた。



「……は?」



意味が理解出来ないといった様子の麗華。無理もないだろう。だけど説明してあげるつもりは無い。

だってこれはただの自己満足だから。今まで虐げられた恨みを返すという身勝手な感情だから。

麗華に目隠しをして、部屋の扉に向かって声をかける。



「入ってください」


「はいよ。まさかこんな事になるとはねぇ……」



入ってきたのは妙齢の女性。

まぁ、声が低めだから目隠しされてる麗華には判断は付き辛いかな?



「だ、誰⁉︎」


「この人の名前は言えない。ただ職業は言える。

彫師だよ。ここに私と同じ……奴隷の刻印を刻み込む為の、ね」


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