※ 第4話 奴隷の刻印


「なっ⁉︎ 影! 私にそんな事をしてただで済むと思っているの!?」


「違うよ。これからはアンタが影になるんだ。今日からは私が麗華としてして生きる。自由を手にするんだ」


「馬鹿げてる……! アンタはそこまでして……」


「黙れ」



私は麗華の胸の中心を思い切り抓る。すると麗華は身体を跳ねさせた。



「い、痛いぃ!」


「それは良かった。私にされた事を全部返してあげるから。

……ま、その前にやる事やらないとだけど。じゃ、お願いします」


「なぁ、本当にやるのか……?」


「今更何を言ってるんです? 貴女の顔も名前もバレていない。

それに、貴女には既に多大な依頼料をお支払いしている筈ですが?」


「そのお金だって私の物でしょうに……!」


「今日からは私の金だ。面倒だからと金の管理を私任せにしていたツケだよ。

さぁ、早く仕事をしてください。契約不履行と見做して相応の対応をしても良いんですよ?」


「はぁ……分かったよ。アンタの胸元にある物と同じ位置、同じ模様のタトゥーを入れれば良いんだな?」


「えぇ、そうです。1ミリの違いも許されません」


「任しときな。これでもプロだ」



そう言って彼女は渋々と言った様子で作業に取り掛かった。



「いぎっ!? 痛いぃっ!」


「動くな、手元が狂う」



掘り師が手を動かす度に部屋に麗華の悲鳴が響き渡る。

ただ、動くなと言いつつも麗華は微塵も動いていない。動けない。

何しろ彼女が座らされている拘束椅子は安全にタトゥーを入れる為の物でもある。

身体全体をベルトで縛りつけ、その一つ一つが彼女の動きを封じている。


花柳院家にもサイズダウンした物があって、私は幼い頃にその椅子に縛り付けられてこの奴隷の刻印を刻まれたのだ。



※※※※※



あれからどれだけ経ったのか。

麗華の悲鳴はいつの間にか啜り泣きに変わり、身体は汗でびっしょりになっていた。


どうやら優に数時間は経っているみたいだけど、体感時間は遥かに短い。

それだけ麗華の悲鳴や泣き声が心地良かったのだろう。



「はいよ、完成だ」


「ありがとうございます」



確認すると、確かに私に刻まれた物と同じに見える。良い仕事だ。



「では、報酬は後で振り込んでおきますので。この事はくれぐれも御内密に」


「分かってる。そっちもこっちの事は言わないでくれよ?」


「分かっています。では、お帰りはあちらです」


「はいよ。これでサヨナラになると良いけどね」



掘り師の女性は汗を拭って部屋を後にする。

それを見送ってから、私は未だに荒い息で泣いている麗華の目隠しを取った。



「ゔぅっ、影ぇ……! 許さない…っ、絶対に許さないわ……っ!」


「だから影はそっちだって」


「私に証を刻んだ所でアンタが花柳院家の長子になる訳じゃないのよ!?」


「そうかな?」


「な、何を……」



戸惑う麗華を尻目に私は予め熱していた電気式の焼鏝を見せる。

それがどういった物かを理解しているのかは分からないけど、ソレから伝わる熱気は伝わったのだろう。



「や、止めなさい! 止めなさいったら!」


「止めると思う?」


「嫌……嫌ぁ……!」


「……はぁ。別にお前に使う訳じゃない」


「……へ?」


「ふぅ〜……」



私は深く深呼吸する。

そして口にタオルを運んで思いっきり噛み締めて……



「ゔぁ……っ!!」



自分の胸元……奴隷の刻印の上から押し付けた。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 涙がボロボロ溢れる。ジュウ、と肉を焼く匂いが漂う。

けど耐えなきゃ。奴隷の立場から脱する為には、これしか無いんだから。



「あ……あぁ……」



麗華の絶望とも驚愕とも取れる声が聞こえる。けど、まだ終わりじゃない。

怪しまれないように、他の箇所にも何度か押し当てる。



「あがぁ! ゔ、ぐ、ぎぃ……!」



辛い痛い辛い痛い。

何故こんな事をしなければならないのか。

この立場から逃れる為だ。この道を選ばざるを得なくした麗華のせいだ。

耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ復讐だ復讐だ復讐だ復讐だ復讐だ! 私は奴隷から解放されるんだ!



「はぁ、はぁ……」


「な、何を考えて……」


「錯乱した影が、私の刻印と同じ位置に印を刻んでやる! と焼鏝を押し付けた。

麗華は抵抗し、その過程で他にも火傷を負ったものの影を制圧した……そういうシナリオだよ。分かった、“影”?」


「……っ」



麗華は事態を把握したのかギリっと歯を食いしばり、睨み付けてくる。



「さて、私も医者に行かないと不自然だよね。その間はお留守番してて」



そう言いながらある小瓶を見せると、麗華は驚愕に目を見開く。



「それは……!」


「そう。散々私を狂わせてきた媚薬だよ。

調べたらびっくりだよ。女郎蜘蛛とか呼ばれてる調教師特製の薬なんだって?

なんでもヤクザとの繋がりが強い奴らしいけど……父さん達は知ってるのかな?」


「その薬をどうするつもり!? 嫌っ、それを近付けないでっ!」


「煩い」



私は薬を麗華に無理矢理飲ませる。

この効果は私が身をもって知っている。



「はぁ……っ、あ、あぁ……あ……」


「後は玩具を張り付けてっと」


「やめ、なさい……っ」


「後は目隠ししてヘッドフォンを被せて……」


「ひぃっ!?」



ヘッドフォンからは『私は花柳院 影。花柳院 麗華様の奴隷です』という私の言葉が繰り返し流されている。



「じゃ、少しは素直になってると良いね」


「あぁ……っ!」



玩具のスイッチを入れて部屋を出る。

流石花柳院家と言うべきか、実家から離れたこの地にも係付けの医者というものは居る。

色々と融通が利きそうで助かるね。

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