第31話 魔導師リューンの苦悩

「私のことは置いて、リューン様だけでも、お逃げ下さい!」

「貴方は生きて……。私達の無念を必ず晴らすのです」


 それがリューンの乳母と母の最期の言葉だった。

 リューンはアーデルハイドの第三王子。

 母は先の国王の側妃だった。

 元々母は商家の娘だったが、何処で評判を聞きつけたのか、王自ら母を側妃にと迎えたらしい。

 美しく、賢く、優しい……。非の打ちどころのない完璧な母だった。

 もっとも……。

 母がもう少し王宮内のことに敏感であったのなら、平凡な妃として、やり過ごすことも出来たはずだ。


 王宮には魔神以上の「魔物」が潜んでいた。

 国王の正妃、トラウセンの母だ。


 彼女はリューンが四歳の時、賊を使って、母諸共リューンを殺そうとした。

 あの日、正妃からの頼まれ事で、母は離宮に向かう途中だった。

 襲撃の際、母と乳母の決死の思いで逃がされたリューンは、数日間、森を彷徨い続け、瀕死のところをリューベルンに助けられた。

 王宮内では、母もリューンも、どういうわけか事故死扱いになっていた。

 リューンが生きていることが発覚したら、面倒なことになる。

 今はとにかく力をつけろとリューベルンに諭されて、リューンは無我夢中で魔術の習得に励んだ。

 最初は、強くなって正妃へ復讐することしか考えていなかった。


(無念を晴らせと、母が言ったから……)


 母を嵌めて殺しておいて、今も平然としている奴が憎かった。

 ……勿論、承知はしていた。

 王妃はともかく、トラウセンは魔神からの加護がある。正攻法で敵うはずもない。

 もとより、魔導師の力は本来「対魔神用」にもたらされた恩恵。

 自分が無謀な復讐に動いてしまったら、一子相伝のはずの魔術をリューンに教えてくれた師匠も、罰を受けるかもしれないのだ。

 ……けど。

 感情は割り切れなくて。

 葛藤が膨れ上がっていた、八歳の頃……。


 ――リューンは、アルカに出会ってしまった。


 彼女は伝説の聖女でもあり、護らなければならない対象だった。

 しかし、彼女自身はそんなこと知りもしない、か弱い女の子で……。新しい家族に馴染めなくて必死に良い子になって、自分の居場所を守ろうとしていた。

 リューンの強い庇護欲と執着が、恋愛感情なのだと自覚するには、そんなに時間はかからなかった。


(抱きしめられたら良いのに)


 遠くから、こそこそ彼女を覗くなんてしないで、堂々と姿を現して、ここにいると知らしめて、自分以外の人間から引き離して、二人きりで……。

 彼女を自分のモノにすることが出来たのなら……。


 ――それでも。


 自分は死んだことになっている第三王子。

 聖女の結婚相手は、魔神の加護持ちの国王か、第一位王位継承者と決まっていて、最初からリューンに資格なんてない。

 師匠は「待て」と言った。

 自分を信用して秘策を授けてくれた師匠のためにも、待てないけど、待っていなければならない。


(ああっ、苛々する)


 焦燥感だけが募っていく。

 ――だから。

 日頃の鬱憤を晴らすべく、あらん限りの術を駆使して、二柱目の魔神を一人で封じてやったのだ。


(……疲れた)


 さすがに死ぬかと思った。

 本来であれば、魔導師全員で行う封印の作業だ。

 魔神に負けない自信はあったが、余力を残すことまでは考えていなかった。

 長閑な茶畑の中に封じられていた龍形の魔神は、過去の結界を突破することは出来なかったが、口から炎を吐きだして、周囲を枯れ野にしていた。

 封じるよりも、そちらの復旧作業の方が時間を要するかもしれない。


(まあ、ヴォルがやってくれるだろう)


 後始末は、弟弟子に押しつけてきた。

 ヴォルは例によって、ぶつぶつ文句を並べていたが、腕は良いのだから、早々にやってくれるはずだ。

 急いで、青白花祭の宴に駆け付けて、これもまた考えなしに変身術を解いてしまったが、あの場合は不可抗力だろう。

 

(あれは仕方なかった)


 リューンのために、アルカが怒ってくれたのだ。

 あの場面で彼女を護れなかったら、強引に結婚した意味なんてない。

 今後のことなんて、追々考えていけば良いのだ。


(とにかく、今は眠らないと)


 力の大部分を消費したので、体が悲鳴を上げている。

 一晩眠れば、きっと元気になるはずだ。


 ――しかし。

 想定外だったのは、アルカの行動だった。

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