第26話 リューン登場(ただし、重症)

「もういい。分かったわ。そんなに巻き込まれたくないのなら、私にサウランを追い出されたってことにして、二人でここから出て行ったらいいわ」


 アルカは腹を括って、突き放した。

 リューンなら、きっとそうするはずだ。

 二人と縁が切れたとしても、アルカの居場所はここしかないのだから。


「あら、姉様ったら、本当にそんなこと言っていいの?」

「……ヒルデ」

「あのオジイサマのこと、姉様は信じられるの? どんな顔をしているのかさえ分からない怪しさなのに。そんなオジイサマに自分の人生も、皆の命も預けるっていうの?」


 ……そうかもしれない。

 ヒルデの言い分には、一理ある。


 対外的な領主は「リューン」だ。

 けれども、アルカと一部の使用人以外、リューンと接触した者はいない。

 それは、領民や臣下に対する配慮のつもりだった。

 でも、不気味といえば不気味だし、先行きを不安にさせていることは、事実かもしれない。


「オジイサマ、やっぱりハゲてるのかしら?」

「ったく、まずは身形をどうにかしろって話だろ? 胡散臭い上に、貴族かどうかも怪しい」

「そうよねえ。兄様。そもそも、叔父様から持ち込まれた縁談なんて怪し過ぎるでしょ。それに乗っかるって、姉様もどれだけ男に飢えて……」

「……さい」

「義姉さん、もし乾杯の合図が出来ないのなら、僕が……」

「うるさいって、言っているのよ! リューン様はね、少なくとも貴方達みたいな非常識な人間じゃないわ! 私は貴方達より断然、リューン様を信じるわ!!」


 気が付くとアルカは大声で怒鳴りつけていた。

 必死に耐えたけど、リューンを罵倒されるのだけは、我慢ならなかった。


(……この人たちは、陰口ばかり)


 自分たちにはとことん甘く、人の粗ばかり探している。

 リューンはそんな人ではない。

 良識があって、他人にも配慮が出来る人だ。

 意外に短気なのではないかと思うことはあるけれど、それも彼自身自覚していて、直そうとしていた。


「いつも、そう。貴方達は自分のことばかり。肝心な時、家族や領民を顧みようともしない。ただ愛想だけ振りまいて。要領良く生きてきただけでしょ? リューン様は貴方達とは違う。見た目とかどうでもいいの。あの方は、実力も人柄もとても素晴らしいの。私はともかく、そういう人を貶めるのは、絶対に許さない」

「ちょっと何を本気で怒っているのよ?」

「もしかして、姉様まで、おかしくなっちゃった?」


 そんなはずない。

 今の発言がおかしかったのなら、生まれた時から、アルカはおかしかったということだ。

 子供の頃以来の大声に、アルカの息は上がっていた。


 ――ああ、やってしまった。


 後悔はないが、周囲からの寒い視線は、ひしひしと感じている。


「あの。わ、私」


 すっかり静まり返ってしまった場の空気を、少しだけでも変えたくて、アルカが酒の入ったグラスを掲げようとしたその時だった。


「その役目は、一応領主である私に譲っては下さらないでしょうか」


 特徴のある嗄れ声。

 口調が以前と同じものに戻っていた。


「リューン……様?」


 アルカはこれ以上ないほど目を見開き、会場の入口に佇んでいる、その人に視線を向けた。

 付近に誰もいなければ、走って出迎えに行ったはずだ。


(来てくれた……。もう私のことなんて興味もなさそうだったのに)


 胸が一杯になって、一歩、足を前に踏み出したアルカだったが……。


「ハアハア」


 リューンの息が荒い。

 膝がガクガク震えている。


「……あれ?」


 どうして、そうなってしまったのだろう?

 リューンは、すっかり疲れきっていたのだ。

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