第25話 弟妹に離婚を勧められる

(頑張った……私)


 きちんと、公の場で挨拶することができた。

 高揚感と達成感。

 賓客たちの笑顔は好意的に見えたし、自分は拒否されていない。

 受け入れてもらえたことが、アルカの自信にも繋がった。

 だから、着席するまでのわずかな時間、アルカの心は満たされていた。

 ……しかし。

 用意されていた席の隣に、盛装姿のドリスとヒルデがいたことで、瞬時にアルカのは頭の中は真っ白になってしまった。


「ど……して? 貴方たちが」

「いちゃ悪い? 僕とヒルデは義姉さんと違って、毎年青白花セイレーン祭には参加しているんだ。今年から参加しないっていう理由はないだろ?」

「でも、そんな頻繁にアーデルハイドだって、検問を通してくれないでしょう?」

「叔父様に融通してもらったんだ。聞いてないの?」

「聞いてないわよ。大体、貴方たちが座っている席は、叔父様と副司祭の席で……」

「ああ、叔父様に酒代を渡して、席を譲ってもらったんだ」


 最低だ。あの不良司祭。


「何で、そこまでして?」


 アルカは誰にも聞かれないよう、小声で話しかけているのに、彼らは一切気にしていないようだった。


「もちろん、面白そうだからよ」

「これの何が面白いのよ? ヒルデ」

「いや、だって、こんな面白い見世物はないよ。あのジイサンがどんな装いで、青白花セイレーン祭にやって来るのか、僕は興味がある」


 確かに、全身を覆い尽くす黒ローブ姿以外のリューンは、アルカも見たことがないが……。

 今回は、そういう問題ではない。

 アルカは小さく咳払いした。


「リューン様は、不参加よ」

「は?」

「ドリス。彼が参加することを面白く思わない人たちだっているのよ。今回の宴席も不参加にして欲しいって、私から頼んだの」

「ふん。そういうのが、かえって余計な憶測を呼ぶんじゃない?」

「だとしても、これが最善だと判断したのよ」

「ねえ、姉様? 正直になって。オジイサマ……惚けているんでしょ?」


 ヒルデがあっけらかんと、告げた。


「私、オジイサマが耄碌しちゃったって、噂で聞いたけど?」

「ああ、ヒルデも? 僕も聞いたよ」

「何で、貴方たちは、そんなことばかり……」

「だから、ね? それこそ、慰謝料を貰えるだけ貰って、兄様のところに行ったらいいじゃない?」


 ヒルデがアルカのドレスを凝視して、脳内で値段を弾きだしているようだった。

 どうして、年に一度の宴席で、こんな下世話な話をしなければならないのか?

 アルカの呆れ顔に気づいたドリスが、グラスに酒を注ぎに来た給仕の女性たちに、わざと聞こえるように言い放った。


「義姉さんもさ、そうやっていかにも自分が被害者ですって顔しているけど、今回の結婚。ミスレル国王が大層お怒りなんだよ。常識的に考えてもみなよ。義姉さんのしていることは、隣国の間者みたいなものだ。僕達はミスレルで暮らしているんだ。非国民って言われて、暮らせなくなったら、どう責任とってくれるの?」

「……でも。先にサウランを見捨てたのは、陛下の方よ」

「それでも、サウランの民が暢気にアーデルハイド人と共存している姿を見れば、戦争が始まる前から、サウラン領はアーデルハイドと密約を交わしていたとか……。陛下も訝るでしょ?」

「……だからって」

「ねえー。だからー。何度も言ってるでしょ。姉様。慰謝料よ。とりあえずオジイサマと離婚したら、陛下も見逃してくれるって仰ってるんだから」


(……離婚? 何、勝手に領地を割譲したくせに、今度は離婚しろって?)


 ミスレル国王の人格など、今まで想像したこともなかったが、話が真実なら酷すぎる。

 勝手に戦って、勝手に負けて、そしてアーデルハイドに割譲されても、何とか頑張っていたら、今度は「裏切り者」呼ばわり?

 そんなことってあるのか?


(待って。ドリスの言い分を鵜呑みにしてはいけないわ)


 戦勝国のアーデルハイド側、リューンから離婚を命じられるのならまだしも、ミスレル側から、再びアーデルハイドを敵に回すような「離婚」なんて荒っぽい命令を、王が下すはずがない。

 

(ああ、もう。苛々する。こんなんじゃ駄目なのに)


 この後、乾杯の合図をアルカがする流れになっているのだ。

 でも、落ち着きたいのに、落ち着けない。


 ……こんな時、リューンだったら、どうするのだろう? 

 

 彼だったら?

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