第24話 ドリスの企み
ドリスは苛立っていた。
大体、血の繋がらない義父が亡くなったからって、危険を冒してまで、片田舎のサウランまで出向く必要などなかったのだ。
自分には王都で結婚した家柄の良い妻がいる。
葬儀なんかに出向いて、田舎の領主なんて、冴えない仕事を継ぐよう迫られたら、どうするのか?
そもそも、ドリスは義父に良い印象なんて抱いてなかった。
(あの親父、顔を合わせれば、アルカのことを頼むって、そればかり。気色悪かったんだよな。どうして、僕があんな不気味な女を娶らなければならないんだ?)
義父が母と結婚した理由は、幼い頃から聞いていた。
娘の先行きが心配だったため、ドリスを養育して、成長したあかつきには、婿にして夫婦で土地を護らせようと考えたのだそうだ。
とんだ浅知恵だ。
ドリスは最初から、アルカが嫌いだった。
地味でおどおどしていて、愛想笑いばかりして、薄気味悪い。
極めつけは、謎の独り言だ。
ドリスが厳しい言葉をぶつけると、アルカは反論するでもなく、ふらっと消えて、一人庭で喋りだすのだ。
(怖い)
ドリスは、散々「アルカは正気ではない」と、様々な人間に話したが、介護要員としては役に立つから放っておけばいいと、笑って流されてしまった。
(何が介護要員だ? 病人看るくらいしか、能がないくせに)
絶対に、アルカと結婚させられたくなかったドリスは、周囲に彼女の悪口を吹きこんだ。
そういう点では、妹のヒルデもドリスの善き協力者だった。
アルカの話をすると、周りもドリスとヒルデは可哀想だと同情してくれた。
やり返して来ないアルカを鼻で笑って、ヒルデと楽しんでいた。
せっかく、田舎領主の後継者を蹴って、アルカとの結婚も退けて、自分で運命を切り開いてきたというのに。
(陛下がな……)
……なぜ、アーデルハイドがサウランなんて、片田舎を所望したのか?
その理由が分からないのだと、義父の葬儀をサボろうとしていたドリスに、ミスレル国王から直々に問い合わせがあった。
(くだらない)
ドリスにとっては、心底どうでも良いことだったのだが、相手は国王だ。知らないとは伝えられない。
仕方なく、調べてきますと答えて、ドリスはサウラン領に足を運んだ。
一応、やることはやったふりをして、何も分からなかったとだけ、報告しておこうと決めていたのに……。
(あの莫迦義姉が、余計な真似をしてくれたものだから)
急にアルカが結婚してしまったものだから、ドリスの目算は狂ってしまったのだ。
(全部、アイツのせいだ。この僕が、陛下に犬のようにこき使われる羽目になっているのは)
義姉の結婚について、国王に秘密にするわけにはいかなかった。
当然、相手のジイサンのことも……だ。
しかし、それが更に、国王の好奇心に火を点けてしまったのだ。
――七大魔導師。
アーデルハイドの中でもごく一部しか知らない、国王に継ぐ地位を有する大貴族。
大体、ミスレルでは、魔術自体が空想の世界にしか存在しないものなのだ。
その中の一人が義姉と夫婦になってしまったのだから、ミスレル国王としては、特別な何かがサウランにあるのだと勘繰るのは当然なのかもしれない。
結局、その魔導師について探って来るようにと、命令が下ってしまった。
(確かに、ジイサンは地震を起こして、僕とヒルデを驚かせたけど、それがどうしたと? 奇術かもしれないだろ?)
ドリスは速やかに王都に帰りたいだけだ。
もとより、ジイサンの調査なんてするつもりもないし、興味もない。
それでも、国王に調べたような報告をするとしたら、どうしたら良いか。
答えは簡単だった。
――アルカとジイサンが離婚すれば良いのだ。
(どうせ、あの即席夫婦は離婚だろう? 「義姉がすぐに離婚してしまったので、分かりませんでした」って、陛下に報告したら、終了なんじゃないのか?)
それに……。
あのジイサンと別れてしまったら、アルカの行くあてはドリスの保護下しかない。そのままミスレルに連れ帰って、義姉自身の口から陛下に説明させれば良いのだ。
噂に聞いた話では、ジイサンは領主の仕事一切をアルカにやらせているらしい。
(そもそも領主の仕事なんて、頭の悪い義姉さんに出来るはずもない)
精々現実の厳しさを知って、申し訳なかったとドリスに土下座でもしたら、馬の世話係として王都の邸宅の庭くらいまで入れてやってもいい。
ドリスは知り合いのいる騎士団を懐柔して、アルカを苛めるように仕向けた。
すぐにアルカは、泣いて逃げだすだろうと思った。
だけど、どうしてだろう。
アルカは、なかなか根を上げなかった。
しかも、実質的な領主として、青白花祭の宴会に顔を出すらしい。
(あの、陰気な義姉さんが、人前に出て来るって?)
ドリスはヒルデと共に青白花祭の宴会に招待されていた叔父の席を買収して、大広間で義姉の登場を待っていた。
……すると。
(は?)
深海の底を思わせるような群青色の瞳。さらさらの白銀の髪。そして、瞳の色と同じ、趣向を凝らしたフリル満載の豪華なドレス。
清楚で、だけど艶やかで、奥ゆかしく、賢そうな女性。
(誰、この美人?)
それこそ、ドリスはあのジイサンが、アルカに魔法をかけたのではないかと、疑ってしまったのだった。
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