第23話 いざ、晴れの舞台へ……

(……リューン様が「青がいい」と仰ったから)


 だから、アルカはドレスなんて何でもいいと思っていたのに、何でもよくなくなってしまった。

 装飾用の飾り玉、硝子玉をふんだんに使った豪奢な盛装。

 腕利きの仕立て屋が、大勢の人を臨時で雇い入れて、期日までにしっかりと間に合わせてくれた。

 事前にリューンが口添えをしてくれたおかげだ。


(すべて、リューン様のおかげね)


 マリンの言う通り、彼はずっと善意でアルカの後ろ盾になってくれている。

 ……でも。

 これから先は分からない。

 静養してもらって、元のように戻れば良いが、もし、今のままだったら、アルカはどうなるのか?

 考えただけで、怖かった。


「ああ、また怖い顔になってますよ。お嬢様、ちゃんと鏡を見て下さいな」


 マリンが下ばかり向いていたアルカの顎をくいっと持ちあげて、前を向くよう仕向けた。


「すごいでしょう?」


 ああ……。

 本当に、マリンの言う通りだった。


「すごいわ……」


 まるで別人だった。

 鏡の中に、垢抜けた自分の美しい姿が映っていた。


「これ……私?」


 十九歳で、知らない自分と会ったようだった。


「ふふっ。お嬢様は元がいいんですから。磨けば光るんです」


 仕立て職人の方が、是非使って欲しいと残していった高価な化粧品一式。

 それらは、魔法のようにアルカの見た目を飾ってくれた。

 まるで、幼い頃、憧れていた絵本の中のお姫様そのものだ。


「頑張ろう」

 

 父のように振る舞うことはできなくても、ここまで別人のように美しくしてもらったのだから、やれるだけのことはやりたい。

 アルカは数人の侍女を連れて、宴会が行われる一階の大広間に向かった。

 子供の頃から数えるほどしか、訪れたことのなかった公の場所。

 高い天井。大窓の荘厳なステンドグラス。

 大勢の人をもてなすため特別に作られた長机には、真っ白なテーブルクロスがかかっていて、所々に美しい花が活けられていた。

 今までのアルカには想像がつかないほど、華やかな舞台だ。


(この席の中心に、私が座るってことよね)


 ――大丈夫。


 頭の中に、少し前までの優しいリューンの声が響く。

 

 ――アルカさん。怖いと思うのなら、それこそ、堂々と胸を張って、強気に行くのです。


(そう……ね。リューン様)


 彼の落ち着いた掠れ声が、奮い立たせてくれる。


 ――レト様みたいな人。


 アルカは毅然と歩いて、会場の真ん中付近で賓客たちをぐるっと見回した。

 生前の祖母に教えてもらった礼儀作法。

 ドレスの裾を持ち上げて、軽く一礼する。


「今宵、大勢の皆さまに、お集まりいただきましたこと、亡き父に代わって、深くお礼を申し上げます。わたくしは、アルカ=エルドレッド。表に出る機会が少なかったため、わたくしのことを知らない方も多いとは存じますが、以後、お見知りおきを」


 途端、大広間が割れんばかりの拍手が鳴り響いたのだった。

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