第22話 変わってしまったリューン

 ――「孫」と尋ねたのが、いけなかったのだろうか?


(リューン様は弟子と仰っていたわね。でも、見た目は小さな男の子だったし、お孫さんかなって思ったのだけど?)


 リューンにとって、孫がいることは、隠しておきたいことだったのだろうか?

 あの日以来、リューンはまるで別人のようになってしまった。


(だって八十歳なんだし、お孫さんくらいいてもおかしくないでしょう。それとも、息子さん? だとしたら、やっぱり失礼だったかしら)


 戸籍上は、アルカとリューンは夫婦で家族だ。

 あの男の子も、場合によっては引き取らなければならないかもしれない。

 詳しく教えて欲しいと、アルカはリューンに訴えてみたものの……。


「君が気にするようなことは、何もないです。あの子はとっくに帰ったので、存在自体忘れてください」


 あっさり流されてしまった。


 ――変だ。


 あれだけ熱心に、アルカと打ち合わせてしていた領主の仕事に関しても、リューンは口出しを一切しなくなってしまった。

 それどころか……。


「君がいいなら、それでいい」


 投げやりになってしまった。

 しまいには、よく分からない場面で、肩を揺らして大笑している。

 リューンは、笑い上戸ではなかったような気がするのだが?


(やはり……リューン様は、ご病気なのかしら?)


 それとも、魔術で彼は別人になってしまったのか?


(まさか、そんなはずないわよね。リューン様も仰っていたじゃない。魔術は万能じゃない。不完全なものだって)


 きっと、出来の悪いアルカが、リューンに教えを請うたせいで、彼の体力を消耗させ、思考力の低下を招いてしまったのだ。


(……私のせいだとしたら、申し訳なさすぎるわ。リューン様)


 だけど、アルカは多忙でリューンに謝罪すらできなかった。

 毎日慌ただしくしていたら、あっという間に青白花セイレーン祭当日を迎えてしまったのだ。


(祭の宴会が終わったら、絶対、リューン様に謝りに行かないと)


 昼間の公務は何とか終わらせた。

 あとは夜の宴会だけだ。

 意気込むアルカの肩を……。


「もうっ。お嬢様ったら! またそんな難しい顔をなさって……」


 ぽんと、マリンに叩かれて、アルカは鏡台の前の椅子から転げ落ちそうになってしまった。


「マリン……。びっくりした」


 そうだった。

 マリンに着付けと化粧を頼んでいたのだった。

 半分寝たような状態で、考え事をしていたので、背後にマリンがいることを忘れていた。


「まったく! 淑女になるべく、身だしなみを整えている最中ですよ。なるべく、笑顔で! 今日ほど、ご自身の印象を変えるのに、相応しい場はないんですからね」


 アルカの髪を梳きながら、マリンは鼻をすすっている。

 彼女なりに、表の場にアルカが出るのが、感慨深いのだろう。


「……うん。ありがとう。分かっているわ」


 亡くなった母のように、優しいマリン。

 以前なら、アルカもつられて泣いてしまっているところだが……。


(気を張っているせいか、泣けないのよね)


 もっとも、今はマリンの櫛の使い方が荒く、おもいきり髪を引っ張られているせいで、涙目にはなっているのだが……。


「マリン、私ね……。リューン様のおかげで、以前ほど父の臣が怖くないのよ。今回も高価なドレスを作ってくださって……」

「ようございましたね。あの方が……お嬢様の後ろ盾になって下さって」

「……そうね」


 「後ろ盾」という言葉に違和感を抱きつつも、アルカはたった今、マリンに着付けてもらったばかりの海色のドレスに視線を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る