第27話 超絶美貌の魔導師

 漆黒の外套に白髭の老人が全体重を杖に預けながら、よろめきつつ、アルカの方にやって来る。


「リューン様、どうしたのですか?」


 それはさながら、敵陣に突っ込んで瀕死の重傷を負った兵士が何とか逃げきって、君主のもとに駆け付けたかのような有様だった。


 ――一目会ってから、死にたかった。


 遺言でも託されてしまいそうな状況の中、アルカと向き合ったリューンは深々と頭を下げた。


「失礼しました。少々……手こずりまして」

「え……あ、はい?」


 そのまま倒れてしまうのではないかと、焦ったアルカは傍らのリューンをそっと支えた。


「申し訳ない。アルカさん」

「いえ。お身体、大丈夫なんですか?」

「当然です。今日の君を見るためなら、私は死んだって出席するつもりでした」


 そんな決死の覚悟を伝えられても……。

 リューンの状態が洒落にならない状態だから、更に困ってしまう。


「少し休まれたら、どうです?」


 アルカは侍女に水を頼もうとしたが、リューンはそれをやんわりと断った。


「私にはお構いなく。今のこの状況を何とかしなければ。……まったく。腑に落ちませんね。なぜ、サウランを捨てたはずの弟妹君が、君と同じ上座にいるのでしょう?」

「……リューン様」


 場が収まるどころか、かえって凍りついてしまった。

 リューンはしんどそうだったが、毒舌は絶好調のようだ。

 だが、口の悪さなら、弟妹も負けていなかった。


「はっ、ぼろぼろのローブ姿で、由緒正しい青白花祭に参加している貴殿に言われたくないね」


 ドリスは黒地に金糸の刺繍が入っている豪奢な盛装をひけらかしながら、立ち上がった。


「いくら父様の喪中だからってね。それ……いつ洗濯なさっているのかしら?」


 同じく黒地で、都で流行中らしい盛り袖パフスリーブのドレス姿のヒルデも、リューンに対する蔑視を隠そうともしていない。


(貴方たちこそ、その衣裳を何処に隠し持っていたのよ?)


 これでは、せっかくの青白花祭がただのお家騒動と暴露合戦になってしまうだけだ。


(父様が亡くなって、すぐにこんなでは、領民に見放されてしまうのは、エルドレッド家の方よ)


 唇を噛みしめる。

 リューンを支えていた手が怒りに戦慄いた。

 ――が。


「大丈夫です。アルカさん」

「え?」

「君が私のために怒ってくれたこと。決して無駄にはしません。……ちゃんとしますから」


 ――ちゃんとする?


(何を?)


 それを問う間を与えず、リューンは目深に被っていたフードを取った。


 …………瞬間。

 彼の全身が発光した。


「な、何?」


 特に至近距離のアルカは、目を開けていられないほど眩しかった。


 ――そうして。


 気が付くと、アルカの目の前に、美貌の青年が立っていたのだ。


『……はっ?』


 その場に居合わせた全員が、その有り得ない光景に息を呑んでいた。

 誰もが言葉を失うほど、その青年は整った顔立ちをしていて、誰も目が逸らせないほどの華やかさを放っていたのだ。

 銀色の長い外套に、揃いのベスト。

 一見すると、飾り気ない質素な衣装に見えるが、目を凝らせば、所々に煌々と輝く宝石が縫い付けられている。

 まるで、アルカのドレスの装飾に合わせたかのようだ。

 そして、何より光沢のある金髪。アルカよりも長い髪は、緩く一つに括っていた。


(髪の毛、ふさふさだわ)


「えっと……。リューン様は何処に? 確か今までこちらにいらして」

「私がリューベルンですよ」

「御年八十歳の……えーと、このくらいの身長で?」

「あれも私、これも私です。私は……魔導師です。年齢なんて関係ありません」

「関係……ないのですか?」

「ええ」


 低音の耳あたりの良い声。

 同一人物なのに、身長まで変わるのだろうか?

 背が丸まっていた小柄な老人リューンは、今はアルカが見上げるほどに背の高い美丈夫になっていた。

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