第18話 青白花祭の盛装
「……青白花祭のドレスも、決めておかないといけませんね」
リューンがぽつりと呟いた。
そういえば、マリンも同様のことを尋ねてきたが、アルカは多忙だったため、後回しにしてしまったのだ。
――
ドレスを新調している暇なんてないだろう。
「そうでしたね。あまり考えていませんでした。母の形見のドレスでも着ようと思います。父の喪も明けていませんし、地味でいいかなって」
「駄目です」
「えっ?」
「サウランの代表として、軽んじられるわけにはいきません。ここは相応に着飾らないと……。私も失敗しました。君がこういうこと、苦手だって知っていたのに」
「はあ」
ぽかんと、大口開けたままのアルカを鼓舞するように、リューンは少し興奮気味に捲し立ててきた。
「分かりませんか? アルカさん。今回の宴席は、君のお披露目会でもあるのですよ。君が主役なんです」
「いや、そんなはずありませんって。誰も私のことなんて……」
「控えめな自意識は捨てて下さい。君は美しい女性なんです。もっと胸を張るべきなんです」
「リューン様?」
「お金なら私が出します。期日にだって、人を揃えれば間に合うはずです。腕の良い職人を連れてきましょう。ミスレル風が良いのなら、注文すれば、そのように作ってくれるはずです」
「待って下さい。おかしいですって。貴方にそこまでお願いするのは……」
「妻を存分に着飾らせることが出来るのは夫の特権です。君の喪服姿も良いのですが、そろそろ盛装姿も見てみたい。これは私の我儘です」
「……うっ」
リューンは、いつも、そういう甘やかなことをアルカに囁いてくる。
まるで、アルカの性格を知り尽くしている「レト様」のようだ。
いや……それだけじゃない。
(レト様みたいだけど、老人でもないような?)
時折、アルカはリューンが若い男性ではないかと、疑ってしまうことがあるのだ。
しかも、なぜか獲物を狙う肉食獣のような瞳で、アルカを見ているような気もしてしまって……。
(疲れているんだわ……。私)
「やはり、青白花にちなんで、青いドレスが良いですかね? ああ、楽しみで仕方ないです」
「楽しみ?」
「当然です。こんな機会、滅多にないんですから。君の盛装姿が見られたら、感動で号泣してしまうかもしれません」
「……まさか」
「あははっ。その「まさか」起こるかもよ」
「へ?」
にわかに飛んできた冷やかしは、当然、リューンの声ではなかった。
アルカの聞き違いでなければ……。
少年……のような?
「何? 幻聴?」
「楽しそうだね。お二人さん」
「わあっ!?」
驚いたのは、恐怖からではなかった。
(……逆さ吊り?)
愛らしい少年が、まるで蝙蝠のように逆さでぶら下がって、部屋の中を覗きこんでいたのだ。
(危険だわ)
アルカの感想は、真っ先にそれだった。
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