第15話 自虐的なリューン
「へえ……。
「はい。サウランの春のお祭りなんです。青白花は丈夫な花なので、それにあやかって、無病息災を祈念するんですよ」
立ち入り禁止と言っていた割に、リューンは快くアルカを室内に招き入れてくれた。
髑髏とか標本とか、不気味な魔術の本などが所狭しと陳列されていることを想像していたアルカだったが、そんなことはまったくなく、ほとんど物を置いていない、質素な部屋だった。
(ほとんど、貸し出した時のままだわ)
リューンはアルカを危険な目に遭わせたくないと話していたが、この何もない部屋に危険があるようには思えなかった。
「お花、ありがとうございます。大切にしますね」
何処からか持ってきた花瓶に、リューンは青白花を活けて、長いローブをはためかせながら、はしゃいでいる。
(こんなに喜んでくれるなら、花束で持ってくれば良かったかも)
珍しい花だから見て欲しくて……と告げたら、リューンは飛び上がるくらい歓喜していた。……たった一輪で。
罪悪感を抱きながら、リューンが勧めるままに、彼の手前の椅子に腰を掛けると「ああ、そうだ」と彼が陽気に語りかけてきた。
「アルカさん。私は名ばかりの領主ですが、青白花祭で何かお役に立てることはないでしょうか?」
「そんな……滅相もない」
かえって、気を遣わせてしまったらしい。
そんな意図は欠片もなかったので、アルカは狼狽してしまった。
「お気持ちだけで、充分です。私もちらっと夜の宴会に顔を出すだけで、特に何かするわけではありませんから」
「しかし、領主にとっての祭りは、政治的な意味合いも含むでしょうから」
「大丈夫ですよ。皆、私に良くしてくれていますから」
「本当に?」
「本当ですって」
思わず、目が泳いでしまったが、アルカの背後で花を飾っているリューンには、こちらのことは見えていないはずだ。
(嘘を吐くのも、しんどいわね)
……かといって、毎日誰かに罵倒されて、めそめそしているなんて、正直に話せるはずもない。
(ああ、駄目ね。頭が破裂して、このまま気絶してしまいそうだわ)
昼休みが終わったら、すぐに執務に戻らなければならないのに、リューンが勧めてくれた椅子は座り心地が良すぎて、眠気を誘ってくるのだ。
欠伸を押し殺して、頭を横に振っていたら
「わ!?」
いつの間にか、リューンがアルカの真ん前にいた。
「ど、どうされたんですか?」
「……私はね、アルカさん」
「はい?」
リューンの声色がまた急に変化したような気がして、アルカは耳を疑ってしまった。
「何でもいいから、君に話して欲しいんです。他愛無い話で構いません。……気持ちを吐き出して欲しいんです」
顔色は窺えなかったが、リューンは悄然としているようだ。
元々小柄なのに、更に小さく見えてしまう。
(この人には絶対何か企みがあるんだろうって、私ずっと思っていたけど)
相変わらずフードを被っていて、素の表情は分からないが、でも、彼は純粋にアルカを心配しているようだった。
(愚かなのは、私ね)
彼はアルカに気配りできるくらい、正常なのだ。
マリンに、それとなく伝えておかなければ……。
「お優しい方ですね。リューン様は」
「私が……ですか?」
「ええ。だって、会って間もない私なんかの心配をしてくださるなんて」
「一応、君は……私の……つっ、妻ですから」
「はあ」
いつもの計算されたような言動ではなく、なぜか慌てているような感じ。
アルカは思わず吹き出してしまった。
「私、妻らしいことなんて、何一つしていないのに。リューン様にして頂くばかりで……」
「そんなことありません。君の方がずっと苦労して……」
「苦労?」
「し、失礼しました。私なんかが君のことを語るべきじゃない」
「どうしたんですか? リューン様、変ですよ」
「私は全然、優しくなんかないのです。むしろ、最低な人間で……。君に嫌われても仕方ないと思っています」
「また、そんな自虐的な……」
急に何で、そんなことを言い出したのだろう?
(……さては?)
「あ、もしかして、叔父様から、何か聞いたのですか?」
「……えっ。ええ、まあ」
リューンはバツが悪そうに、頷いている。
そんな不幸な話でもないだろうけど、彼が纏う陰鬱な気配を消したくて、アルカは意識して明るく話した。
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