第14話 なんか声が若いような……?

「至急、覚えられるよう努めますので」

「至急? もう一カ月も経っているのに、まるで理解してないではないですか?」

「申し訳ないです」


 丁寧語なだけマシなのだろうか?

 いや、だからこそ、粘着質に聞こえるのだ。


(分かっているわよ。彼らだって命懸けで、サウランを護っているってことは)


 騎士と領主が話す機会は、大抵領地内の警備問題に関してのことだ。

 人命が関わっている分、彼らが殺気立っているのも理解してはいるのだが……。

 それにしたって手厳しい。


「俺達だってね、領主様のお嬢様に向かって、こんなこと、お伝えしたくはありませんけどね。たいした教養もなく、今まで結婚も仕事も義務の一切を怠ってきた方が、一朝一夕で覚えられるものでもないと思うんですよ。幸い、ドリス様もまだ近くにいらっしゃるようですし、引き留められたら宜しいのでは?」

「それは……」

「アーデルハイドの老いぼれが、一応、新たな領主とのことですが、我々はその者の顔を一度たりとも見たこともありませんよ」

「彼は私を信頼して、すべて一任してくれているのです」

「一任なんてされても、我々が困るのですが?」

「大丈夫です。もう少し時間を頂けたら、私も多少は使い物になると思うので、どうか……」


 アルカは穏便に収めるべく、平身低頭を貫いた。

 ここで逃げ出してしまったら、今度こそ、アルカの居場所はなくなってしまう。


(世間の風が……寒い)


 いくら、今まで自分なりに家族のために頑張っていたと力説したところで、彼らにはアルカの言葉なんて届かないだろう。


(私の見通しが甘かったのが原因なんだから。父様だけは長生きしてくれるって、勝手に思い込んでいたから……)


 ぐすっと鼻をすすりながら、ようやく訪れたお昼時間に、陽射しの眩しい廊下に出た。

 毎日着込んでいる喪服が、明るい屋外では重く感じる。


「お嬢様!」


 ふと視線を下ろすと、青白花セイレーンを一杯抱えたマリンがいた。


「ああ、やっぱり青白花。もう、そんな季節なのね」


 この土地でしか咲かない真っ青な花。

 裏庭にも春になると咲いて、アルカは脳内にいる「レト」とお花見をしたものだった。


「ええ。今年もとても美しく咲いてくれましたよ。年に一度の青白花祭ですもの、屋敷中に飾ろうと思いまして。亡き旦那様のためにも」

「そうね。お父様も喜ばれるわ」


 ……そうだった。

 多忙で、すっかり失念していた。


 ――青白花セイレーン祭を、今年も開催することにしたのだ。


 サウラン領を象徴する「青白花」にちなんで、二百年前から開催されている大祭。

 いろんなことがあったので、中止にするべきかと悩んだが、最終的に許可を出したのはアルカだった。

 皆から楽しみにしていると言われたら、例年通り、実施せざるを得ない。


(私は、今まで一度も行ったことないんだけど)


 アルカは毎年家族の誰かの世話をしていて、祭りになど参加したことがなかった。


(父様が亡くなってすぐに、人生初のお祭りなんて)


 純粋に楽しめるはずがなかった。

 しかも、初めてにして、いきなり主催者側だ。

 接待と新領主としてのお披露目。胃が痛くなるような、上辺のやりとり。


(リューン様は、不参加の方がいいわよね)


 アルカはリューンのことを差別しているわけではなかったが、彼が表に出れば、領民の誹謗中傷が彼の方にいくかもしれない。

 口さがない言葉で、リューンを悲しませたくなかった。

 

「ああ、そうだわ。マリン。その青白花、一輪貰っても良いかしら?」


 何か理由をつけないと、彼に会いに行けない自分に嫌気を覚えながら、アルカは青白花を手に、リューンの部屋に向かった。


 一番日当たりの良い二階の角部屋。

 来客用に磨きこんでいた一室だ。

 父のお気に入りだった部屋に、リューンには滞在してもらっていた。


「あの、リューン様。お話したいのですが、少し宜しいですか?」


 ノックをしながら、呼びかけると、直後に雪崩れの発生したような音がして、やがて、しんと静まり返った。


「大丈夫ですか、リューン様!?」


 勢いのまま、扉を開けようとしたら、大声で阻まれてしまった。


「大丈夫なので! まだ開けないで!」

「はっ、はい」


 何だろう?

 アルカにはその咄嗟の叫びが、若い青年の声のように聞こえてしまったのだった。

 

 

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