第12話 魔導師リューンは、弟弟子に八つ当たりする
「仕方ないだろう。師匠との約束だ。本当はあの腐った野郎を葬り去りたいのだが、堪えないと」
「陛下のことを腐った野郎とか……。バレたら、また殺されるよ。兄様」
「バレなきゃいい」
「あははっ」
苦笑を浮かべて、半ズボンに黒いローブ姿の少年がリューンの向かい側に座る。
その椅子はアルカが訪ねて来た時に用意していたものだったが、それを指摘して、からかわれたくないので、リューンはムッと押し黙ったままでいた。
「兄様って、今更だけど短気だよね? そんなんだから、聖女に入れ込み過ぎて危ないって、師匠に囲われるんだよ」
「人の黒歴史を楽しそうに言うな」
つい最近まで、リューンは師匠に頭を冷やせと、ほぼ軟禁状態に追いやられていたのだ。
(この三年、どれだけ私が辛かったか)
アルカが四歳の頃から、リューンは彼女を見守っていた。
立場上、必要最低限しか近付けなかったし、アルカのために使える術も限られていたが、彼女の敵となりそうな人物をさりげなく遠ざけてみたり、彼女の育てている薬草が枯れないようにと雨を降らしたり……。
リューンのやり方で、彼女を護ってきたのだ。
それが、まともに出来なかった三年間。
この屈辱の時を過ごしたからこそ、暴走しないよう、リューンは自制しているというのに、何の修行かヴォルがリューンを煽るのだ。
「……お前に「兄様」と呼ばれるのも、虫唾が走る」
「うわ。完全な八つ当たり……」
完全におちゃらけている。こいつもトラウセンと同じ人種だ。
リューンが怒ることを面白がっているのだ。
「でもさ、兄様だって、俺がいなければ困るでしょう? 陛下と交信中にアルカちゃんが入室してきたら、面倒なことになるからね。だから、俺を時間限定で呼びつけている」
「うるさい奴だな。勿論、ちゃんと報酬は支払う。もしも、誰かがこの部屋に入ってきたら、お前に「リューベルン」を演じてもらわなければならないからな」
嫌々言うと、リューンは窓から射し込む陽射しに瞳を細めた。
大窓からは、サウランの静かな街並みと青々とした田園風景が一望できた。
(……アルカさん。君って人は)
心が痛い。
どうして、あの子は変なところで過剰なくらいの気遣いをしてしまうのだろう?
(値の張る宿屋からの眺望じゃないか。これ?)
アルカは客人待遇とばかりに、最上階の一番景色の良い部屋を、リューンに提供してきたのだ。
――物置きでも構わない。外からは見られたくないので、人目のつかない場所が良い。それだけの要望だったはずなのに……。
(父上が亡くなったことを知って、居ても経ってもいられなくて、どんな形でも君の傍にいたくて駆け付けたのに。これじゃあ、意味がないだろう?)
たとえ強引でも、父を喪った彼女を救うには「結婚」が手っ取り早いとリューンは考えた。
直接、アルカに求婚するのを避けたのは、正式に申し込むと結婚に至るまでに時間が掛かるからだ。考える時間を与えてしまえば、慎重な彼女は断ってくる可能性が高い。
彼女の叔父を利用して、結婚しか選択肢がないと追い込む必要があった。
(最低だ。私は)
アルカの弱みにつけこんだ。
ずっと、彼女を見てきたのに……。
(アルカさんは、昔話していた通り、いまだに狭くて暗い部屋を自室にしているんだろうな)
いっそのこと、夫婦の寝室を一緒にして欲しいと言えば、彼女をこの部屋に呼び込むことが出来たのだろうか?
(いや……だとしても、そんなことをしたら、私の理性が死ぬ)
長い金髪に、深い碧色の瞳。
アーデルハイド国内では、高貴な身分にしか現れない外見的な特徴がそこにはあった。
リューンは今年二十三歳。
(何が枯れきっている……だ?)
むしろ、欲望の塊だった。
こんな危なっかしい自分を、アルカに気づかれたくない。
だから、今は師匠の「リューベルン」の姿に化けていればいいのだ。
どうしても、術を展開している時は無防備になって、本来の姿に戻ってしまうので、ヴォルの協力が必要となってしまうのだが……。
(……しかし、絵本の「レト」そっくりな師匠に化けているのには抵抗ないが、体型がまったく違うから、魂が定着しにくくて、よぼよぼになりすぎてしまう。絶対、アルカさん……引いてるよな)
「はあ……」
「勿体ないね。中身は変でも、外見は美男子なのに。アルカちゃんも兄様のその見た目で求婚したら、二つ返事で了承したはずだよ」
「たとえ、そうだったとしても……」
「うえっ、そこは否定しないんだ?」
「そう単純な話ではない。最悪な展開を避けるためにも、慎重に対処しなければならない事案なんだ」
それは師匠の言葉、そのままの受け売りだった。
(悪役なら、買って出てやる)
アルカが聖女であることは、本人にも言わずに、墓まで持っていくつもりだ。
……でも。
(一体、いつになったら本当の
はああ……。
再び長い溜息と共に、リューンは頭を抱えこんだのだった。
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