第11話 魔導師リューンの初恋は、歪んでいく

「あの野郎。女の敵。いや、全人類の敵だ。アイツなんて魔神に食われればいいんだ。いや、私が直々に食わしてやってもいい」


 あんな男とその子孫が護られるために、リューンは必死になって魔神を封じ込めているかと思うと、世界を滅ぼしたいくらいだ。


(国王だからって、いい気になりやがって。聖女は世界の宝だ。お前の所有物じゃないんだからな)


 覚醒した聖女は人々の身体を癒し、魔神の攻撃すら跳ね返す「聖御せいぎょ」の力を持つのだと、師匠から話には聞いていた。

 今のところ、リューンと師匠、弟弟子しか聖女=アルカであることを知らない。

 師匠は「魔導師」として、国王に報告しようとしていたが、リューンが断固阻止したのだ。


(時間が欲しいと、私が師匠に何度も頭を下げたんだ)


 今でもリューンは熱烈に覚えている。


 ――十五年前。

 師匠と共に覚醒した魔神を封じた、エルドレッド家の裏庭。


 幼いアルカを初めて目にした瞬間の、視界に火花が散ったような感覚。

 あれは聖女だけが発する圧倒的な「光」だった。

 崇高で繊細で、手折ることのできない絶対的に清純な存在。

 まだ覚醒もしていないのに、あの時彼女はすでに聖女の風格を持っていた。


(ああ、あの時は私も子供で興奮のしすぎで、変に淡泊な反応になってしまったけれど、本当は心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらい、ドキドキしていたんだ)


 ――レト様は、私を王子様に会わせてくれるんでしょう?


 幼い聖女は爛々と双眸を輝かせて、絵本の世界の王子様との幸福な結婚に憧れていた。

 その清らかな心を、現実という凶器で手折ってしまいたくなかった。


(実家で散々な目に遭っているあの子に、最低男との結婚とか、国家規模の苦労を背負わせることなんて、私には絶対に出来ない)


 アルカを救ってあげたかった。

 その実力も地位も、本物のリューンには十分にあった。

 けれど、彼女を公の場に引っ張り出すことは、小さな鳥籠から大きな鳥籠に移すだけの地獄になることは、痛々しいくらいに分かっていたのだ。


(国のことなんて、アルカにとってはどうでも良いことなんだ。私が引き受ければ、それで済むことなのだから)


 すべては、彼女を受け入れる土壌を作りたいがため。

 そのためには、あらゆるものを欺く必要があって、リューンはアルカに正体を明かすことが出来なかった。

 土地の残存魔力とリューンの力を駆使して、彼女が裏庭にいる時だけ、その魂に「レト」として、味方だと語りかけ続けた。

 だけど、その選択が合っていたのか、もはや、リューンには分からなくなってしまった。

 月日が経つほどに、アルカは苦労を一人で背負いこんで、性格も屈折していってしまった。もはや、手遅れになりそうなほどに……。


(……腹立たしい)


 彼女を解放する力があるのに、リューンは未だにそれを行使できないのだ。


「くそっ」


 怒りのままに、椅子の肘掛けを叩くと、頭上から笑声が落ちてきた。


「あははっ。やっぱり、陛下と交信した後は、めちゃくちゃ機嫌が悪い」


 高座椅子に腰かけたまま、王城内の国王と通話していたリューンを、傍らに立ったまま覗き見していたのだろう。

 栗色の髪の少年が眼前でにやついていた。

 弟弟子のヴォルだ。

 いつも、リューンの怒りが最高潮の時を見計らって、わざわざやって来るのだ。

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