第9話 魔導師リューベルン

 ――アーデルハイドには、七柱に分けて封じた「魔神」がいる。


 四百年前の国王が召喚した「それ」は、王家の永久的な繁栄を叶える代わりに、生贄を要求した。

 多少の犠牲は覚悟していた国王だったが、神は一都市、丸ごとの人間の「魂」を寄越すように、王に求めたのだ。

 さすがにそれは不味いと気づいた王は、魔神に譲歩を求めたものの、聞き届けてもらえず、王は違う「神」を召喚して、善後策を尋ねた。

 「神」は魔神を斃すことは出来ないが、魂を七つに分けて力を弱めれば、鎮めて封じることは可能だと告げた。

 そして、その能力を選ばれた七人の人間に授けたのだ。

 七人の魔導師は神に告げられた通り、魔神の魂を七つに分けて、見事封じることに成功したが、困ったことに、それは定期的に各々時間差で覚醒して国土を荒らす。


 ――十五年前も、それだった。


 予定より早い覚醒。

 七柱のうちの一つが覚醒して、すぐに封じた。

 続けざまに、覚醒するだろうと思っていたが、どういうわけか、十五年経ても他の魔神は静かだった。

 さすがに、そろそろ覚醒する頃なので、国王と魔導師間との意思疎通を頻繁にしておこうということで、七大魔導師の中でも最年長であり、十五年前に魔神を封じたことのあるリューベルンが魔導師代表として、国王との定期連絡係を担当することになったのだが……。


(定期連絡……か)


 聞こえだけはいいが、要は誰も面倒でやりたがらない雑用だ。


『……で? リューベルンよ。お前はサウラン領を見張るために、わざわざ先日亡くなったサウラン領主の娘と結婚までしたわけか?』


 機嫌良く笑いながら、足を組んで椅子に座り、杯の中の葡萄酒をくるくる回している金髪の男。

 アーデルハイドの若き王・トラウセン=イルド=バルカスは、夕闇の頃から酒に酔っているようだった。

 酩酊状態の人間の姿を認識しながら、脳内に直接声を届けることは、制御が難しく危なっかしいのだが、報告時間を違える訳にはいかないので、声が途切れないよう、術者の方が魔力を高めるしかない。

 リューンは神経を研ぎ澄まして術に集中しながら、予め頭の中に用意していた台本を読み上げた。


『サウランは三百年前まで、アーデルハイドの領土であり、丁度領主の屋敷がある場所は、魔神の中の一柱を封じた土地ですからね』

『ああ、だから、余はお前に言われた通り、ミスレルに喧嘩を吹っかけて、サウランを割譲させたのだぞ?』

『その節は、私も陛下に無理なお願いを致しました』


 何としてでも、アルカを手に入れたかったレト=リューンは、トラウセンに国家存亡の危機だと大嘘を吐いて、サウラン領を手中に収めるよう嘆願した。

 最初、億劫そうだったトラウセンもリューンの渾身の演技に、渋々願いを聞いてくれた。

 おかげで、目的の一つは叶ったわけだが……。

 まさか、こんなに早くアルカの父が亡くなるとは思ってもいなかった。


『まったく、面倒なことばかり起こるものだな。封じた魔神の様子がおかしいとのことだが、また復活するなんてことはあるのか?』

『そのようなことがないよう、私自ら監視しております。そんなにお時間は取らせませんよ』


 ――なんて。

 それも嘘だった。


(我ながら、感心する)


 サウラン領の魔神は、十五年前にリューンと師匠の二人で、完璧に封印している。

 不穏な動きがあると偽っているのは、サウラン領にいるアルカに近づくための方便だった。


(彼女も、私のような悪党に目をつけられて憐れだな)


 アルカに同情していた。

 怪しい結婚相手にまで、借金のことを話して、筋を通そうとしたアルカと、目的のためなら、どんな嘘を吐いても構わないと思っているリューン。

 彼女の不幸の半分くらい、リューンの執着が関わっているような気がする。

 もっとも、逃すつもりなんて、微塵もないのだが……。


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