第7話 我が家の借金事情
「そういえば、領主の屋敷にしては働いている者が少ないようですね?」
「えっ、ええ。それは……」
……と、そこまで言ってから、アルカはハッとした。
(そうだった。肝心なことを話してないわ。叔父様のことだから、絶対伝えてないだろうし)
「どうかしましたか?」
「その……。申し訳ありません。リューン様」
「へっ?」
駄目だ。
気づいてしまったら、黙っていられなかった。
アルカは考えるよりも早く、リューンに謝罪をしていた。
「実は……大変申し上げにくいことなのですが、まさか、こんなに早く結婚するとは思っていなくて、騙まし討ちみたいになるのが嫌なので告白しますけど……」
「はい?」
「我が家には借金があって、必要最低限しか人を雇うことが出来ないのです」
「……借金」
「ミスレルの王都で、屋敷が建つほどの金額です」
「そうですか」
「えっ?」
一言。
(何……分からないわ。この人戸惑ってるの? 呆れてるの?)
リューンの表情が見えないアルカには、心情を推し量って、対応することもできない。
「そ、そういうことですので、いくら政略結婚といっても、アーデルハイド側に得があるようには思えないのです」
「得……ね」
意味ありげに呟き、リューンが白髭を撫でている。
困り果てたアルカは、目を回しながら、頭に浮かんだことを喋り続けるしかなかった。
「そ、そもそも……。サウランはミスレル国内でも、群を抜いてど田舎なんです。アーデルハイドがここを手に入れたところで、何の価値もないような気がするのですよ」
……ああ。
(やってしまった)
確かに、この結婚について、アルカは後悔もしているし、恐怖も感じている。
けど、絶対にドリスのもとには行かない……と。
覚悟だけは決めていたはずだ。
自らぶち壊すことを口走ってどうするのか?
「アルカさん?」
「大変、失礼しました。私……つい」
「いいえ。失礼でも何でもないですよ」
リューンの肩が上下に揺れていた。
どうやら、笑っているようだった。
「君が気にするのは当然です。どうして、陛下がサウラン領を所望したのか、私にも分かりませんが……。この結婚を決めたのは私です。そう簡単に決めたことを
「そう……なんですか?」
「そもそも、この家に借金があるということは、調査済みでした」
「はっ?」
「金額までは知りませんでしたが……。しかし、堅実と名高かった父上や君が作ったものでもないんでしょう?」
リューンの口振りは、確信を得ていた。
きっと、この老人はすべて知っているのだ。
ドリスとヒルデが、都で散財して作ったものなのだと……。
「はい。父や私のではないのですが……」
「厄介なのは、あの弟妹ということ。君が謝る必要はない」
(……厄介な弟妹)
いつも一家のお荷物として見られるのは、アルカの方だった。
それなのに、この老人は弟妹の本性に気づき、アルカに謝るなと言ってくれているのだ。
(我ながら、単純ね)
胸の奥がじん……と、熱くなってしまった。
「ありがとうございます。リューン様。借金はこれから地道に返していくつもりです。私はこれから貴方に誠心誠意、ご奉仕させて……」
「ごほっ」
――と、突然リューンが咳込んだ。
今までの冷静さが何処かに吹き飛び、激しく動揺している様子だった。
「大丈夫ですか?」
誤嚥したのだろうか?
祖父母は食事で誤嚥を起こして、医者を呼ぶことが度々あった。
しかし、アルカが背中を擦ろうとしたら、彼は仰け反るようにして距離を取ったのだった。
「平気です。少々想像力が突き抜けてしまっただけで」
「はあ」
リューンもお茶を一気飲みすると、深呼吸してから口を開いた。
「アルカさん。私は君がこの結婚に嫌悪感さえ持たずにいてくれたら、それでいいのです。見ての通り私は八十歳。枯れきっていますから。君に対して、邪なことはしませんし、領主の仕事も、陛下から「現状維持で良い」とのお言葉を賜ってきました。私にはミスレルのことは分かりませんから、君の思うようにしてくれたらいい。借金も私の方で何とかしておきましょう。金の融通は如何様にも出来ますから、君が新たに人を雇い入れてくれても、構いません」
まるで、最初から話すことを決めていたように、リューンはてきぱきとアルカに告げた。
「しかし、それでは……」
そんな上手い話、あるわけがない。
「ねえ、アルカさん。この結婚に旨味がないのは君の方なんです。こんな老いぼれと結婚するのですから。それくらい、得がないと嫌でしょう?」
「いえ、私は……」
戦争に負けたミスレルが、待遇を選べるほど、アーデルハイドと対等の関係にあるとは思えない。
しかし、リューンは呆然としているアルカに、更に踏み込んできたのだった。
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