第6話 いきなり二人きり……

 ――魔導師?

 それは魔法使いみたいなものなのだろうか?

 子供の頃、実母が語り聞かせてくれた絵本の中に出てきた「レト様」。


(確かに、まんまだわ)


 長いローブ、年季の入った木製の杖。そして、ふわふわの白髭。

 リューベルンは、まるでアルカの頭の中を覗いたかのように、絵本の「レト」そのものの格好をしていた。

 結婚相手でなければ、アルカも好奇心一杯に質問責めにしていたかもしれない。

 ミスレルには、魔法なんてものは存在していないのだ。

 

(隣国に魔導師なんてものがいるなんて、全然知らなかったわ。アーデルハイドでは普通に、魔導師っているのかしら?)


「あの程度の術で引き下がってくれたのなら、もっと早く試しておけば良かったですね」

「あの程度って……」


 あれがたいした魔法でないのなら、老人が本気を出した日には一体どうなるのか?


(どうして、そんな凄いオジイサマが私の夫になってしまったのよ?)


 リューベルンは今までドリスが座っていた長椅子に、ちょこんと座った。

 静謐を取り戻した応接間。

 「魔導師」という単語より、アーデルハイド国王と親しくしているという言葉の方に、二人は慄いたようだった。

 あっという間に、二人して出て行ってしまった。


「その……。すいません。よく分からないことが多すぎて。えーっと、リュー……ベルン様?」

「リューンでいいですよ。私の名前、長ったらしいので」

「リューン様?」

「「様」もいらないのですが。まあいいでしょう。少しずつ歩み寄っていきましょう。私達には時間があるのですから」

「はあ」


 歩行も辛そうな老人に、あまり時間があるようにも見えなかったが、それは言わない方が良いだろう。

 魔法使いだとしたら、寿命が人間の倍なのかもしれない。


(……ということは、この姿のまま、私よりも長生きするってこと?) 


 介護で始まり、介護で終わる一生となってしまいそうだ。

 婿が謎の「魔導師」だなんて、叔父からは一言も聞いていなかった。


「あの……。ちなみに、叔父様は?」

「ああ、君と二人で話したいと頼んで遠慮してもらったんです。屋敷の場所は知っていたので、一人でも来ることが出来ました」

「そうでしたか」


 頷いてから、沈黙。

 思いつきのまま行動してしまってから、急にやって来た現実に、アルカの頭がついていかなかった。


「……失礼します」

「マ、マリン!」


 助かった。

 お茶を出すのを口実にして、様子を見に来てくれたらしい。

 彼女は、屋敷内で唯一アルカのことをよく知っている年嵩の侍女だった。

 三年前、病で錯乱した継母に解雇されてしまい、それきりになっていたのだが、最近、父の死を知り、アルカの力になりたいと駆け付けてくれたのだ。

 以来、薄給にも関わらず、再び仕えてくれている。


「さっ、リューン様。マリンの淹れたお茶は美味しいので、ぜひ」

「それはありがたい。頂きます」


 リューンは素直に喜んでいる。


(悪い人には見えないけど)


 しかし、政略結婚とはいえ、六十歳差の嫁を娶りたいと申し出てくるような老人だ。

 

(しかも、いきなり二人きりを指名するなんて)


 出来ることなら、二人は避けたい。

 この屋敷の中で、アルカにとって頼りになる人間はマリン以外いないのだ。


(マリン。もう少しだけ、私の傍に寄り添ってくれないかしら?)


 けれども、予め言い含められていたのか、アルカの縋るような眼差しに、マリンはにっこり微笑み返すだけで、すぐに退出して行ってしまった。


(そうよね。自分で切り抜けなきゃ駄目よね)


 しん……と、重々しい沈黙だけが辺りを支配した。

 話のきっかけが掴めないアルカは、気が付くと自分のお茶を一滴残らず、飲み干していた。

 その様子を、眺めていたリューンが慌てて話しかけてきた。

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