第5話 結婚相手は、七大魔導師?らしい(初耳)

「ああっ、もう! 姉様。結婚取り消せないの!?」

「そうだよ。こんなの無効だろ? 義父様の喪だって明けてないのに。さすがにこれは笑えないって」


 そんなことを口にしながら、ドリスはおもいっきり嗤っている。


(何でまた……)


 やり返したつもりが、二人の嗤い者にならなけれならないのか?

 アルカがしゅんと、下を向くと……。


「無効はないですよ」


 毅然と告げた老人が、アルカを庇うようにして前に出てきたのだった。


「貴方たちも、彼女を莫迦にしたいだけなら、早々にお引き取りください」

「えっ?」


 ――喋った。普通に……。

 アルカは、目を見張った。


(てっきり耳は遠いものだと、思っていたんだけど……) 


 それどころか、老人は俊敏な動きで、懐から羊皮紙を取り出すと、それを弟妹の前に突き出したのだった。


「アーデルハイドとミスレルは、遥か昔一つの国でした。言葉と文字は粗方同じなので、貴方達にも読めると思いますが?」

「これって? 兄様」


 ヒルデが頭を抱えている。

 ドリスはこめかみを押さえていた。


「結婚宣誓書。ばっちりサインしているじゃないか。義姉さん」

「あー……。したわね。確か」


 一瞬、忘れたふりをしたかったが、勢いのまま、サインをしたことは鮮明に覚えていた。

 ――とはいえ、まさか、サインして即夫婦になってしまうとは……。


「アルカさんがすぐサインをしてくれたおかげです。思った以上に、早く事が動きました。国からの許可も早く、教会本庁からも正式に夫婦として認めてもらうことが出来ました。もちろん、結婚式はお父上の喪が明けてから、挙げる予定ですが」


(えっ、式も挙げる予定なの?)


 教会の司祭の前で、この人と誓いのキスを交わしている姿が、アルカにはまったく想像がつかなかった。

 だが、老人はやる気満々のようだ。

 くたびれた外見と違い、フードの合間から垣間見える碧眼は若々しく輝いていた。

 結婚が決まって、若返ったのだろうか?

 だったら、アルカは人命救助したということなのかもしれない。


「そういうことで、アルカさんと私は夫婦。サウランの領主も私が継ぎます。貴方たちは、早々にミスレルに戻ったらよろしい」 

「何をふざけたことを?」

「おや? これがふざけている? 貴方だって分かっているはずです。ここは、今はアーデルハイド領。今までがおかしかった。普通は、アーデルハイド人を領主として迎え、アーデルハイド人を入植させるものですよ。しかし、陛下は無理強いはしないと。領主が亡くなられても、娘のアルカさんと私が結婚することで、手を打とうとされているのです。大変、平和的なことではありませんか?」

「それは……」

「貴方が純粋に姉君を心配しているようには見えませんけど、他にこの結婚を無効にしたい理由でもあるのですか?」


 老人が謎の威圧でドリスをたじろかせている。


(そうよね。この人の言う通りだわ)


 今更だが、これは政略結婚だ。

 本当は、ドリスこそがその対象だったが、彼には王都に妻がいる。

 次女のヒルデよりは、年功序列でアルカの方に、白羽の矢が立ったのだろう。


(国策だとしたら、当然よね。危地には若者より、まず老人を行かせるものだし。話の分かりそうな、理知的なおじいさまで、私にとっては良かったじゃないの?)


 小柄で腰が曲がっていて、絵本の中の人のような外見をしていたが、もしかしたら、若い時はかなりの美丈夫だったかもしれない。


(あと三十年くらい若かったら……)


 益体のない希望を抱いて、アルカはかぶりを振った。


「ともかく、ここはドリスもヒルデも一旦ミスレルに戻って……」

「はっ、義姉さん、まさか本気でこれと結婚する気? 領主がこれってことは、義姉さんだって領主の仕事をすることになるんだよ。頭の悪い義姉さんが、継げるはずないでしょ?」

「……分かっているわよ。そんなこと」


 それでも、今更引き下がるわけにはいかないのだ。


「とにかく、ドリス。私は絶対に貴方のところには行かないわ」


 全身に力を入れて、きつい口調で言い放つ。

 本当は助けて欲しいけど、彼らが差しだしてくる手はアルカの尊厳を奪うものだ。


「意地っ張り。早まらない方がいいわよ。本当は姉様だってこの人と結婚なんかしたくないんでしょ。大人しく兄様のところで、馬小屋の掃除でもすればいいのに」

「あのね、ヒルデ」


 いい加減にして欲しい。

 二人の言いたい放題に、アルカが一人で狼狽えていると……。


 ――とんっ。


 唐突に、老人が古ぼけた杖で、強く床を突いたのだった。


 ――次の瞬間。


 地鳴りと共に、辺り一帯が、激しく揺れた。


「何っ! 地震!?」


 頭を庇いながら、ヒルデが叫んだ。

 目深にフードを被っているせいで、老人の表情は読みづらかったが、アルカにはちらっとだけ口元が見えた。


 ――にやり……笑っていた。


(嘘でしょ?)


 まさか、この現象を引き起こしたのって?


「これって? もしかして絵本に出てくる「魔法」みたいな?」

「いかにも」


 ――そして。

 ヒルデの言葉を遮った老人は、真っ白な顎鬚を撫でながら、高らかに宣言したのだった。


「名乗りが遅くなって、大変失礼しました。私はリューベルン=ウィルヘルム。自分の領地は持ちませんが、アーデルハイドでの地位では名誉侯爵。七大魔導師の一人です。確かに、ドリス殿の言う通り、危険人物かもしれません。陛下とも親しくさせて頂いておりますので」

「七大……魔導師?」


 初めて聞く単語に、アルカはヒルデの言う通り、自分が早まってしまったことを自覚したのだった。

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