第4話 とりあえず、結婚
とにかく、義弟のところに行くことだけは嫌だ。
叔父は盲目だったため、父の縁故で司祭になったのだが、神に仕えている身でありながら、酒と女性に溺れきっている人で、正直あまり頼りたくはなかった。
……が、この際そんな文句は言っていられない。
(叔父様に後見人になってもらって、働こう)
アルカは最初、そう考えていた。
義弟の世話にならずに生きていくには、未婚のアルカには働く以外の選択肢がない。
自分の意思で働くことが出来ないのは、相続も出来ないくせして、アルカが領主の娘だからだ。その身分を手放して、まともな働き先を探す場合には、どうしても後見人が必要になって来る。
けれど、その決死の頼みは、すげなく断られてしまい、叔父が代替案として示してきたのは、まさかの「結婚」だった。
「実は、今、私のところに縁談話が届いていてね。本当はお前のところに直接話を持っていくつもりだったらしいが、お前は兄様の葬儀で忙しいだろうし、まずは私からお前に話をして、お前の反応を見てから、進めたいのだそうだ」
叔父は口角だけ上がっていたが、目は死んでいた。
「私に結婚……ですか?」
「アーデルハイドは結婚の年齢に関しては、ミスレルよりも緩いみたいだね」
「はあ……」
――しかし。
どちらにしても、厳しい条件であることは間違いない。
ミスレルでも、アーデルハイドでも、アルカの年齢だったら、子供がいてもおかしくはないのだ。
「今更、無理して働かなくても、アルカは誰かの面倒を看るのは得意じゃないか?」
「やっぱり、後妻ですよね?」
アルカに縁談を申し込んできてくれたのは、子供の面倒を見てくれる人が欲しいのだろうか?
「いや、後妻じゃないよ。初婚」
「初婚?」
一瞬、初婚ということに違和感を抱いたアルカの本能は正しかった。
「介護も四人目なら、楽勝でしょう?」
「……あ」
――そういうことか。
子供の世話ではなくて、新郎自身に世話が必要らしい。
速攻で断りたい。断れるものなら……。
「いいと思うんだけど? とりあえず、お前は急場が凌げれば良いんだから。今までの介護経験を活かして……さ?」
叔父の乾いた笑いが、アルカの冷えた心にトドメを刺した。
内情を知らない人間は、病人の世話を「良い経験」として美談で片づけてしまう。
何処か見下した顔で……。
一人で生きていく力があったのなら、どんなに良かっただろう。
だけど、誰かに頼らなくては生きて行くことが出来ないのなら、最初から選択肢は決まっているのだ。
(仕方ないじゃない。それしかないんだから)
レト様が引き会わせてくれるはずだった「王子様」とは、ついに結ばれなかった。
でも、きっとアルカはそういう運命のもとに生まれたのだ。
(そこまで高齢なら、白い結婚になる可能性は高いわよね。それなら、それで有難いかもしれないわ)
老人との接し方は慣れているから、のろりくらり、かわすことも出来るだろう。
だから、アルカは腹を決めたのだ。
――その人と、結婚しよう……と。
相手がアーデルハイド人で、しかも貴族というのなら、なおのこと、婿が「領主」を継ぐことは正当化されるはず。
もしかしたら、アーデルハイドの国王の意思も含んでいるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待った!」
「いやー!! 待ってよ!?」
二人が狂乱状態で、意味不明な身振り手振りをしながら、叫んでいる。
「義姉さん、当てつけにしたって、これはないだろう!?」
「騙されているとしか思えないわよ!」
「別に、騙されたわけじゃ」
――と言っている声は、次第に尻すぼみになっていった。
アルカ自身、婿と初めて顔を合わせたのだ。
(私だって、まさか、ここまでとは思ってなかったというか)
急場凌ぎに結婚したところで、この老人……。
(もう先が長くないんじゃ?)
叔父曰く、この老人はアーデルハイド国内でも、高位の貴族に属しているので、アルカの身の安全は保障されるし、高齢であるため、領主の仕事が出来るはずもないので、事実上の領主はアルカということになるのでお得らしい。
しかし、上手い話には裏があるものだ。
(ヒルデの言う通り、騙されたのかも?)
この人は今すぐ、介護を必要にしているようにしか見えなかった。
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