第41話 戦争の気配
翌日の夜、ピーグから情報を得るために南東区へ向かった。
「今日のシャルは何も言って来なかったな……」
今日も部屋を出るタイミングで顔を合わせたが、俺の顔を見るなり「いってらっしゃい」と笑顔を浮かべてやがった。
昨晩はガン詰めしてきたってのに、逆に不気味だ。
「ん?」
南東区へ入る前、メインストリート沿いにあった雑貨屋に目がいった。
丁度、店から客が出て来た時にチラッと見えた『仮面』に興味を惹かれたのだ。
そのまま俺も雑貨屋に入り、店で販売されていた仮面を手に取る。
「……顔は隠した方がいいよな」
素顔を晒したまま犯罪組織に加担して、後々面倒事が起きるのは御免だ。
これから犯罪に加担しようとする俺には必須アイテムだと思えた。
「色々あるんだな」
仮面が置かれている棚には様々な種類の仮面があり、顔全体を覆う物から顔の上半分を隠すだけのタイプまで。
他にも動物を模した鳥型やら獣耳のついた物までバリエーション豊かである。
「無難に顔全体を隠すやつにしよう」
選んだのは敢えて特徴のない、真っ白な仮面だ。
正体を隠そうってのに余計な装飾が付いてたら、それが逆に特徴的で人の記憶に残りそうだしな。
銀貨三枚で購入した仮面を持ちつつも、ピーグとの合流場所に向かった。
到着するも、あいつはまだいない。
壁に寄りかかりながら待っていると、後ろからヒタヒタと音が聞こえてきた。
来た来た、と内心思いながら振り返ると――
「おいおい、その顔はどうした?」
今日のピーグは明らかに顔が腫れていた。
まるで誰かに顔面を強くぶん殴られたような感じ。
更には片足をヒョコヒョコと動かしながら移動するのだ。
「お前、誰かに暴力を振るわれたのか?」
顔の腫れ、怪我をしているであろう足、誰かに暴行されたのは明らかである。
「へ、へへ……。ち、ちがう。こ、こ、転んで」
しかし、ピーグは「転んだ」と言い張るのだ。
ここで問題なのは、どうしてピーグが殴られたのか? だ。
恐らく、俺が渡した金が原因だろう。
「昨日渡した銀貨はどうした? 盗られたのか?」
そう問うてみると、ピーグはブンブンと首を横に振る。
「お、落とした」
前の金貨と同じ理由を口にする。
なるほどね。
奪われたのではなく、落としたのか。
前回も今回も。
作中で最底辺、最低最悪な死に方をする雑魚キャラ。小汚い者と最低な名称を与えられているピーグにもプライドがあるんだろうな……。
「今回は金じゃなく、飯にしてやるよ」
「め、めし?」
「ああ、待ってな」
俺は路地を出ると、近くの屋台で串焼き肉を六本買った。
それを持ってピーグの元へ戻り、買った串焼き肉を全て差し出す。
「金は落としちまうんだろう? だったら、飯をやるよ」
まずは食え、とピーグに言った。
腫れた口元から涎を垂らしていた彼は一心不乱に肉へ齧りつき、マナーもクソもない食い方を披露する。
「う、うまい! うまい! に、肉って、こんなに、う、うま、美味いんだ」
クチャクチャと下品な咀嚼音が漏れる口から出た言葉は真実だろうね。
六本全て平らげたピーグは、指に付着した肉の油まで丁寧にしゃぶり取る。
「バーベナとアロッゾはどうだ?」
ピチャピチャと嫌な音を鳴らすピーグに問うと、彼は何度も頷きながら語りだす。
「バ、バーベナは、あ、焦ってる」
「焦ってる?」
「ア、アロッゾからけ、警告が出た、みたい」
本日の昼頃、薔薇の館にアロッゾの遣いがやって来たそうだ。
店の入口で手紙のような物を渡して帰ったらしいが、その後に漏れ聞こえてきた声はバーベナの怒声だったという。
漏れ聞こえてきたバーベナは「ふざけるな!」「このままじゃ私は殺される!」といった内容の叫び声を上げていたようで。
「なるほど。戦争になる日は近いか」
「う、うん。ア、ア、アロッゾの方も、じゅ、準備してる」
アロッゾもアロッゾでバーベナが要求を飲まないこと、抵抗することを前提に着々と準備を進めているようだ。
既に大量の武器が運び込まれ、バーベナの配下と戦う準備は万全といった感じの様子らしい。
「今夜動きそうか?」
俺の問いに対し、ピーグは首を振った。
「さ、さっき、き、貴族が、入った」
薔薇の館を指差すピーグ。
俺が屋台に行っている間、貴族らしき人物が薔薇の館に入店したという。
さすがにアロッゾも貴族がいる状態で襲撃はしないか。
下手したら自分の首から上が物理的に無くなるもんな。
「となると、バーベナにとっては今夜が最後のチャンスってか」
今夜中に貴族からの庇護、あるいは援助を受けないとバーベナはアロッゾに襲撃される。
どうなるかは分からんが――
「ん?」
考えていると、娼館の前に豪華な馬車が停車した。
直後、娼館のドアが開く。
出て来たのはハットを被った紳士とナイトドレス姿のバーベナだ。
バーベナは貴族を笑顔を見送るが、馬車が去ると表情が一変。
怒りに満ちた顔を見せたと思ったら、今度は悔しそうに顔を歪めるのである。
「ありゃ失敗したな」
表情を見る限り貴族からの援助を受けた、アロッゾの襲撃を退けられるようになった、とは到底思えない。
むしろ、これから私はどうすれば! って感じのリアクションだ。
ここぞとばかりに薔薇の館へ近付き、ピーグが「声が聞こえた」という路地へ入る。
すると、聞こえてきたのは――
『あのクソジジイめ! 使えないわねッ!』
『どうするのよ! このままじゃ私は死ぬか、あの馬鹿男に媚びて命乞いするしかないじゃない!!』
『あいつの女になるのは絶対にイヤッ!! 徹底的に戦うわよッ!!』
ほほーん。なるほどね。
もう戦争は確実だ。
あとはいつ勃発するかが問題ってわけね。
確信を得た俺は再び屋台で串焼き肉を四本買い、それを持ってピーグの元へ戻った。
「ほら、やるよ」
今度は三本くれてやり、内一本は自分で食う。
二人で肉を食いながらも、俺は彼に次の指示を出した。
「次は両者の戦力を出来るだけ具体的に探ってくれ」
「わ、わかった」
特に気になるのはバーベナ陣営の方だが、抵抗すると宣言したバーベナはどれほどの人数を用意できるのだろう?
「問題はいつ戦争が起きるか、だな」
恐らく昼間っからおっぱじめるとは思えないけどね。
昼間の南東区は騎士の警邏が多いと聞くし、始めるなら夜遅くだろう。
「当日は徹夜かな……」
俺はため息を零しながらも、薔薇の館から漂う異様な雰囲気を感じ取った。
そして、翌日。
ピーグから両者の戦力状況が語られる。
アロッゾ陣営の数は千人。バーベナ陣営は百人。
圧倒的な戦力差な上、アロッゾ側は上等な武器も魔法使いも揃えているという情報が入った。
「こりゃ楽勝だ」
俺は見ているだけで済みそうだ、とこの日もピーグに肉を奢りながら呟く。
「戦争が始まったら屋根の上に移動しないとな」
南東区に勃発した勢力争い。その裏で暗躍し、観戦するのは謎の人物。
そういった輩は正体を隠しつつ、屋根の上で「フフ。始まったか」と呟くのがテンプレ。
人生で一度は経験してみたいシチュエーションだ。
「ハシゴを用意しておかなきゃな」
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