第42話 南東区勢力戦争 1
夜、期待を抱いて南東区に足を踏み入れると、今日はいつもと雰囲気が違った。
いつも通り酒や異性を求める客で賑わっているものの、どこか緊張感が感じられる。
客は普通だ。
いつも通り、酔っぱらって気持ちよくなりたいって期待感が顔から溢れている。
しかし、そんな客を店に引っ張ろうとする客引きや店の前に立つドアマンが妙にソワソワしているのだ。
いつもは笑顔でグイグイと来る客引きも今日は控えめで、顔には「早く南東区から出ていきたい」と言わんばかりの表情がある。
ドアマンもそう。路地裏のゴミ箱にゴミを捨てに来た従業員も同じ。
事情を知る者は皆、早く南東区から出て行きたいという気持ちが顔に出ている。
「いよいよ、両者の緊張感が他にも伝わり始めたか」
バーベナとアロッゾの関係性は緊張感を持ち始め、日を追う毎に膨らみ続けていた。
先日からは武器を携帯したゴロツキが薔薇の館の周りを頻繁に歩くようになり、同時に腰に差した剣やら武器を露骨に見せつけてくるのだ。
バーベナの抱える従業員達へプレッシャーを与え、彼らは「いつでも仕掛けられるぞ」とメッセージを送っていた。
そんな様子が南東区全体に伝わり、同時に区画内最大の武闘派組織であるアロッゾファミリーの動向も伝わり……。
「みんなビビッちまってるってわけね」
もはや、緊張は限界に達している。
南東区の勢力図を変える戦争はいつ起きてもおかしくはない。
そんな緊張感を感じながらもいつもの場所へ向かうと、路地の奥からヒタヒタという足音が聞こえてくる。
ピーグだ。
しかし、今日の足取りはいつも以上に早かった。
「ダ、ダンナ!」
声に焦りを滲ませた彼は肩で息をしながら南東区の奥を指差し――
「うご、動いた! ア、ア、アロ、アロッゾ! き、今日、やる!」
遂にアロッゾが動き始めたらしい。
ファミリーがたまり場にしている店の前には大勢のゴロツキが集合し始め、幹部達も忙しそうに走り回っているとのこと。
「さすがにこの時間から襲撃するってことはないよな……?」
まだ夜の九時だ。
南東区のメインストリートには仕事帰りに一杯やりに来た客が多数いるし、さすがに一般人を巻き込んでの戦争は避けると思うのだが。
「いや、早いうちから薔薇の館を包囲しようってことなのかな?」
そう呟きつつも、メインストリートを覗いた。
すると、道の奥にアロッゾの手下と思われる男達が四人ほど見えた。
彼らは路地を指差し、メインストリートから姿を消す。
やっぱり、包囲しようって作戦か?
対し、バーベナ率いる薔薇の館はというと――
「今日も普通に営業しているんだよな……」
ただ、入口を守るドアマン兼護衛の数はいつもより多い。
普段はムキムキマッチョマンが二人だが、今日に限っては四人に増えている。
恐らく、建物の中や裏口付近にも人が配置されていると思うが……。
「貴族の相手をするってのが裏目に出たのか?」
戦争を見越して数日は店を閉めるのかと思ったが、ピーグ曰く先日から同じ客が足を運んでいるという。
「この時間に来てるのか?」
「そ、そう」
緊張感が増す最中であるが、足を運んだ貴族から「明日も会いたい」と無理を言われたか?
貴族を味方にしたいバーベナは断れないだろうし、あるいは貴族側が『貴族パワー』を使ったのかも。
向こうは南東区の戦争なんざ知ったこっちゃないって感じだろうし。
「でも、バーベナは貴族の『赤いバラ』なんだよな。変態ジジイ共が夢中になってる女がピンチだと知ったら……」
普通、手を貸しそうなもんじゃないか?
いいところを見せて、赤いバラを本気で落とそう。自分に惚れてもらえるように頑張っちゃお! って気合入れそうに思うんだが。
――その後も様子を窺い続け、時間が過ぎていく。
夜の十一時。まだ動かない。
夜の十二時。動きはない。
深夜一時、飲み屋が閉店となる時間帯になると、酒を飲みに来た客の姿はほとんど消える。
メインストリートを歩く酔っ払いの数も手で数えられる程となり、南東区に来た客よりも店の従業員の方が多くなってくる時間帯だ。
「……来たか」
メインストリートの奥に黒い服を着た連中が見えた。
明らかに「飲み会終わりです」って雰囲気じゃない。
いっちょ、これから殺っちゃいますか! って掛け声の方が似合う連中だ。
「ピーグ、お前も身を隠しておけ」
「う、うん」
ピーグに終わるまで隠れておくように、と警告を出しつつも、俺も移動を開始。
路地の奥へ進み、先日から用意しておいたハシゴを使って二階建てになった建物の屋根へと上る。
そこから屋根伝いに移動して、薔薇の館とメインストリートを一望できるポジションに身を潜めた。
「おっと、仮面もつけないと」
新品の仮面で顔を隠して――
「……フフ。どうなるか、見せてもらおうか」
真の黒幕っぽいセリフを吐く。
一人で。
でも、雰囲気はばっちりだ!
「……ナイフとかも用意した方がよかったかな?」
こういうキャラクターってナイフ使いが多くない?
いや、ナイフを使っちゃうと暗殺者キャラになっちゃうかな?
そんなどうでもいいことを考えていると、薔薇の館に動きがあった。
入口から出てきたのは、先日も見たハットを被る紳士とバーベナだ。
この時間に来てたのってあの人だったのね。
『―――』
『―――』
二人は楽しそうにお喋りをしたのち、貴族は迎えに来た馬車に乗って去って行く。
俺は去って行く貴族の馬車を目で追っていたのだが――
「ん?」
馬車が途中で止まった。
どうしたんだろう? と首を傾げた直後、下から怒声が聞こえてきた。
「くたばりやがれぇぇぇっ!」
視線を向けてみると、長剣を両手で握った男が薔薇の館を守るムキムキマッチョマンに突っ込んで行く最中だった。
もう完全にドスを握った組員みたいな感じ。
ドスじゃなくて長剣だけどね。
そして、薔薇の館を守るムキムキマッチョマンも「来やがった!」って声を上げるわけよ。
これが始まりの合図。戦場に鳴り響く銅鑼の音。
戦争開始。
入口にいた四人のムキムキマッチョマンは侵入させまいと応戦を開始するが、同時に各路地で待機していたアロッゾの手下達がワラワラと出てくる。
ムキムキマッチョマン四人は呆気なく殺されてしまい、薔薇の館の入口は制圧されてしまった。
建物の裏側からも声が聞こえてきたので、たぶん裏口も確保されたな。
まぁ、最初から分かりきってた結果だ。
戦力差が凄すぎるもの。
このまま建物を制圧され、バーベナは捕まってアロッゾの前に引き摺り出されるって感じかな?
なーんて、思っていたんだけどね。
『うわあああ!?』
建物内から飛び出してきたのは、火達磨になって絶叫する人間だった。
『魔法使いだ!』
『中で待ち構えてやがった!』
どうやらバーベナは魔法使いを室内に配置して待ち伏せしていたらしい。
となると、アロッゾ側も魔法使いを呼び出して、魔法の撃ち合いが始まるかと思いきや。
「あら? シールドで防ぐだけ?」
魔法の撃ち合いにはならず、アロッゾ側の魔法使いはあくまでもシールドで仲間を守るだけ。
魔法を防ぎつつも、武器を持った連中が建物の中に突入。その後、再び追い出されて……みたいな泥沼の戦いが続く。
アロッゾ側が一気に魔法で制圧しないのは建物を残したいから?
室内の様子は見えないが、バーベナに魔法が当たってしまいそうな位置取りをしているとか?
「もうちょっと詳しく見たいな」
未だ終わりそうにない戦いを横目で見つつ移動を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます