第40話 悪役貴族の偽善
「今夜も出かけるの?」
本日も夜の南東区へ繰り出すべく部屋を出ると、タイミングを見計らった――いや、もう完全に俺の動きを監視してるだろってぐらい完璧なタイミングでシャルも自室から出てきた。
シャルの顔には不機嫌そうな表情が浮かんでおり、片方の頬はぷくっと膨れている。
「ここ最近は毎晩出かけてるね? そんなに夜の街が楽しいの? 僕とのお喋りよりも?」
少し前のシャルからは想像も出来ないほど強気な姿勢だ。
言葉とセットで詰め寄ってきて、摘まんだ俺の服を離そうとしない。
「いや、別に遊んでいるわけじゃないから」
「じゃあ、何してるの?」
ごもっともな質問である。
しかし、ここで「自分の運命を変えるための戦いを行っている」なんて言ってもシャルは信じてくれるのだろうか?
中二病患者だと思われないだろうか?
俺の脳内にはシャルが困惑した表情を浮かべ、すぐに可哀想な人を見るような表情に変わりながら「そ、そっか……。僕が話を聞いてあげるね?」なんて言う姿が浮かぶ。
「……実家からの指示なんだ」
咄嗟に出た嘘がこれだった。
ここに俺の演技力を加える。
「実家の領地はド田舎だが、これから人口が増えていくだろう。それに伴い、領民のストレスを発散させる場所も必要になってくる。そういった事情を王都で探って来てくれと親父から指示された」
俺はありもしない実家からの指示を捏造し、真剣な表情で語ってみせた。
すると、シャルはハッとなる。
「レオン君は長男だもんね。そっか、なるほど……」
納得してくれたかな?
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。一緒に勉強しよう?」
ダメでした。
それどころか悪化しました。
「……お前にはまだ早いよ」
「どういうこと? 僕とレオン君は同い歳だよね? 君は良くて僕だけがだめなの?」
今日のシャルはしぶといな!
クソッ! どうすりゃいい!? 演技力に関する新たな扉を開かないとここは切り抜けられないか!?
焦りに焦った俺は、シャルの肩を掴んで扉に押し付けた。
そして、顔をズイと近付ける。
「可愛い顔したお前が行ったら、悪い大人の食い物にされちまうだろう!?」
これは本心でもある。
シャルみたいな性別不詳で可愛い人間が、犯罪者やら犯罪者予備軍の肥溜めに現れたらどうなると思う?
秒で娼館に勧誘されちまうよ。気付けばシャルを求めた変態共が長蛇の列を形成しちまうよ。
隣の部屋に住んでる学友が実は王都ナンバーワン娼婦でした、ってどんな官能小説のサブタイトルだよ。
「あ、あう……。ち、ちか……」
シャルは自身の未来を想像したのか、顔を真っ赤にしながら俺を見つめてくる。
「俺を心配させるなよ」
「あ、う、うん……。ぼ、僕は……。き、君以外の人となんて……」
小さな声でゴニョゴニョ言いながらも顔を逸らすシャル。
次の瞬間、キュッと目を閉じながら口をタコのようにすぼめるというリアクションを見せた。
そりゃどういうことだ。
しかし、チャンスでもある。
「ちゃんと部屋で待ってろよ!」
俺はそう言いつつ、ダッシュで寮を出た。
背中から「あ! レオン君!」というシャルの声が聞こえたが、聞かなかったことにして南東区へ向かった。
◇ ◇
さて、本日もバーベナの根城である薔薇の館付近までやって来たが……。
今日はどこで情報を仕入れようか? 出来ればバーベナとアロッゾの争いがどこまで進んでいるか、本格的な勢力戦争が勃発するまで後どれくらいになりそうか。それをより詳しく調査したいが。
先日と同じく路地の入口に立って薔薇の館を眺めていると、背後からヒタヒタという足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは昨日と全く変わらない状態のピーグがいた。
いや、昨日に比べて若干ながら顔が腫れているような? 元の顔が醜悪すぎるので『気がする』程度だが。
「へ、へへ……。ダ、ダンナ……」
「お前、身なりを整えろって言ったろう?」
気まずそうに笑うピーグに「昨日の金はどうした?」と問う。
「え、ひ、ひひ……。お、おと、落としちまって……」
「落とした? 金をか?」
「う、う、うん……」
またしても気まずそうに笑う彼を見て、俺は思わず「何やってんだよ」という言葉とセットでため息を吐いてしまった。
「だから、今日も変わらずゴミ漁りか?」
「そ、そう」
なんて野郎だ。金貨三枚も落としちまうなんて。
心底呆れると同時に同情が俺の中に渦巻く。
本気で呆れるほど馬鹿な野郎だと思うのだが、やはり同じ『悪役』として死ぬ運命を持つピーグには同情しちまうよ。
ずっと浮浪者として生き、終いには人から袋叩きにあって燃やされるんだぜ? 最低最悪の人生じゃねえか。
勇者に斬り殺された上、死体になってもマリア嬢から罵詈雑言吐かれる俺の人生より酷いと思うね。
ただ、俺も俺で責任までは持てないんだ。
こいつを『救ってやろう』『俺が面倒見てやろう』と言えるほどの覚悟もなければ余裕もない。
憐れな悪役仲間であるピーグを救うよりも、自分とリリたんの人生を変える方が優先度高いから。
悪いが、こいつはこのまま……。
「ん? 待てよ?」
面倒は見れないが『雇う』ことは可能なんじゃないか?
「なぁ、お前。俺に雇われてみないか?」
「え、え? や、やと?」
「俺のために情報を集めてくれないか? ゴミ漁りの身分を活かしてよ」
浮浪者であるピーグは南東区に溶け込んでいる。
すなわち、俺よりも自然に行動できる人物だ。
こいつにバーベナの行動を監視させ、更にはアロッゾの様子も探らせる。
俺の欲しい両者の情報をピーグに集めてもらい、俺はこいつから情報を得る。
そうすれば短時間の外出で済むってことよ! 徐々に圧が高くなってきたシャルにも「ちょっと外を走って来る」と言えるほどの外出時間で済むってわけよ!
「一日、銀貨三枚でどうだ?」
さすがに毎回毎回金貨ってわけにもいかない。
何たって俺はド田舎出身の悪役貴族なんだ。億万長者レベルの貴族じゃねえしな。
「や、やる!」
ただ、銀貨三枚でもゴミを漁って腹を満たすよりは断然マシだ。
銀貨三枚あれば一日腹いっぱい食ってもお釣りが出るし、ピーグが何度も首をカクカクと揺らすのも当然と言えるだろう。
「んじゃ、今日からな」
俺はピーグに銀貨三枚を渡した。
「今度は失くすなよ」
言った通り、俺はこいつの人生に責任を持てない。こいつの人生を背負ってやるほどの余裕はない。
偽善者か、あるいは偽善者にもなりきれていないかもしれないが、俺に出来るのは「ちょっと手を貸す」くらいだ。
「今度は上手くやれ」
口ではそう言いつつも、心の中では「上手くいってくれ」と願いを込めてしまった。
「う、うん……」
銀貨三枚を受け取ったピーグもまた、強く大きく頷いた。
「よし、じゃあ情報収集頼むな。明日の……今日と同じ時間だ。ここで会おう」
「わ、わか、わかった」
俺が「じゃあな」と別れを告げた時だ。
「ダ、ダンナ!」
「ん?」
「あ、あ、あり、ありがとう、ございます」
ピーグはニタッとした不気味な笑顔を浮かべながら礼を言ってきたのだ。
「おう。頼むぞ」
俺もまた笑顔を浮かべ、今度こそ寮へと向かって歩き出した。
◇ ◇
去って行くレオンを見送ったピーグは、受け取った銀貨を強く握りしめた。
路地に差し込む月明りを浴びながら、彼は「今度こそ」と考えていただろう。
「おい、ピーグ」
しかし、人生は甘くない。
彼の人生はそこまで簡単に変わるもんじゃない。
肩が大きく跳ねたピーグが振り返ると、そこに立っていたのは先日の三人組。
今日の彼らは「寄越せ」とも言わず、問答無用でピーグの顔面に拳を叩き込んだ。
地面に落ちて甲高い音を鳴らした銀貨を拾うと、今度はピーグの首を掴みながら言うのだ。
「いい金づるを見つけたなぁ? 次もあいつから金を貰え」
「そんで、その金は俺達もんだ」
三人組の男達はギャハハ! と下品な笑い声をあげる。
「う、あ……。い、いや……」
一方、ピーグは男達を睨みつけながら明確な拒否を示した。
今度こそ、という願いはレオンだけじゃなく、彼自身にも十分にあったのだろう。
「あ? なんだ? その目は?」
しかしながら、ピーグのような弱者が抱く願いなど簡単に蹂躙されてしまう。
力無き者の願いなど、簡単に踏み潰されてしまうのが現実だ。
ピーグは先日以上に痛めつけられ、同じように地面へ沈むという結果に終わった。
「…………」
この世界に女神はいる。
しかし、女神の微笑みが向けられる日はやってくるのだろうか?
報われる日は訪れるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます