第39話 小汚い男 2
「バーベナについて何か知らないか?」
「い、命が、危ない」
ピーグにそう質問すると、彼は金貨を大事に握り締めながら言った。
「命? バーベナの?」
「そ、そ、そ、そう」
バーベナはアロッゾファミリーと
「命を狙っているのはアロッゾファミリーか?」
「そ、そう。ア、アロッゾはバーベナをと、取り込みたい。で、でもバーベナは、お、お貴族様と仲良し」
うん、ここまでは既に得ている情報だ。
「バ、バーベナはお、お貴族様の力を使って、ア、アロッゾをほろ、滅ぼしたい。で、でも、まだ足りない」
バーベナは時間稼ぎしてるって話だが、そのうちに貴族を説得してアロッゾファミリーを逆に潰したいと思っているらしい。
「ア、アロッゾもき、き、気付いてる。や、やられる前に、やる」
そして、アロッゾもバーベナの思惑に気付いている、と。
質屋の親父が語っていた話から更に一歩踏み出した状況に進んでいるようだが、ピーグはどうやってこの情報を知ったのだろう?
「お前、どうしてそんなことを知っているんだ?」
素直に問うてみると、彼は薔薇の館の脇にある路地を指差した。
「む、向こうにもゴミ箱が、あ、あ、ある。た、食べ物、い、いっぱい残ってる。そ、そこで聞こえた」
要するにゴミ漁りしてたら、バーベナの話声が聞こえたってことか?
「さ、叫んでた、わ、私は、は、覇権をに、握るって」
随分と大声で宣言していたらしい。
共同経営という名の侵略を受けるくらいなら、逆にアロッゾを潰してやる! 私は南東区を仕切る女帝になるぞってか?
その野望が叶えば、確かにゲーム内と同じ状況になるな。
ゲーム内では彼女の野望が叶い、アロッゾファミリーは潰れたことになっていたのだろうか?
「アロッゾの方もゴミを漁っている時に聞いたのか?」
そう問うと、ピーグは首を横に振った。
「ア、アロッゾファミリーは、人を集め始めてる。こ、構成員達が、薔薇の館がタ、ターゲットだって、話してた」
アロッゾファミリーの方は既に準備完了って感じか?
ピーグの話を聞く限り、アロッゾファミリーが武力行使に出るのも近いだろう。
バーベナにとって、今夜迎えた貴族が最後のチャンスって感じなのだろうか?
「どっちが勝つと思う?」
「ア、アロッゾ」
即答だった。
「ア、アロッゾの兵隊はせ、千人以上、い、い、いる。う、動き出したら、せ、戦争」
さすがは南東区を仕切る現王者。
兵隊の数も半端ない。
貴族の力を使わなきゃ太刀打ちできないわけだ。
「情報ありがとう。もう行っていいぞ」
「わ、わかった。か、かね、ありがとうござ、ござ、います」
ピーグは握った金貨を俺に見せ、嬉しそうな足取りで去って行く。
「ちゃんと身なりを綺麗にしろよ! 無駄遣いするなよ!」
彼の背中に改めて忠告を送ると、振り返ったピーグは夜の闇の中で手を振り返してきた。
「さて……」
バーベナとアロッゾ、両者の戦争勃発は近い。
ゲームと同じ通りになるなら、バーベナはアロッゾとの戦力差をひっくり返して勝利。南東区を支配し、女帝として君臨することになる。
そして、ブルーブラッドの仲間入りだ。
魔物化という切り札を得つつも、勇者の旅を妨害する人類の敵に回るってわけ。
「う~ん」
ブルーブラッドが予定通り結成されるのか否かは謎だが、しっかりと実在するバーベナは驚異的だよな。
ここで対策を講じなければ後々後悔しそう……。
「いや、待てよ?」
このままアロッゾに
アロッゾはバーベナを危険視しているみたいだし、彼が覇権戦争に勝てばバーベナを処理してくれるんじゃないだろうか?
「仮に俺が彼女を殺したら、また戦乙女が降臨する予感がビンビンだぜ」
正しいシナリオを知る俺が直接手を下したら、またしてもバグだ何だと言われそう。
だが、正しくこの世界の住人であるアロッゾがバーベナを殺したら?
戦争が始まった際、俺がアロッゾ陣営を影ながら支援して手を下させたらどうなる?
間接的に俺が殺したと言えなくもないが、殺したのはあくまでもアロッゾ。この場合、戦乙女が降臨して歴史の修正を図るのだろうか?
「……試してみるか」
このパターンが女神様の怒りに触れないなら、今後の計画もやりやすくなる。
どっちに転ぶかは予想できないが、試してみる価値はありそうだ。
◇ ◇
レオンがバーベナの排除を決意した頃、金貨を握り締めたピーグは自分の寝床へ向かっていた。
「へ、へへ、へへへ」
彼はピカピカの金貨を大事そうに握り締め、醜悪な顔に笑みを浮かべる。
「だ、旦那、い、いい人」
金貨を貰えたのが余程嬉しいのか、ピーグは何度もレオンを「良い人」と繰り返す。
「こ、これで……。だ、旦那の言う、と、通りに……」
ピーグはレオンの忠告を実行しようとしていた。
「ま、まずは風呂」
彼の言う通り、明日一番で公衆浴場へ行こうと決意。
その後は表通りで服を買い、自分を雇ってくれる人を探そうという計画をブツブツと呟く。
「こ、これからは、お、お、俺も、ひ、人並みに」
これを機に自身の人生をやり直す。
人並みの生活ができるよう、努力していこうと決意を胸にした時――
「……おい、ピーグ」
声が聞こえた瞬間、ピーグの肩は大きく跳ねた。
恐る恐るといった感じに彼が振り返ると、後ろには三人の浮浪者が立っていた。
三人ともピーグと同じボロを頭から被っているが、体つきはピーグよりもしっかりしている。
同じ浮浪者と言えども、ゴミ漁り専門のピーグとは別のカテゴリに属する者達だ。
犯罪に身を染めながら王都の闇に生き、浮浪者としての身分を存分に活かしている者達である。
浮浪者界隈の中でも序列は最上位に位置し、最底辺であるピーグが最も恐れる存在でもあった。
「お前が握っているモン、寄越せ」
三人の浮浪者達は然も当然のように言った。
「お前のようなゴミ漁りには不釣り合いなもんだ。俺達が有効活用した方が金貨も喜ぶってもんよ」
二人目の男はニタニタと笑いながら言う。
「…………」
しかし、ピーグは怯えながらも、金貨をしっかりと握り締めた。
これは自分がやり直すために必要なのだと。
天から垂らされた細い一本の糸なのだと。
「チッ」
その態度を見た三人目の浮浪者は、不機嫌になりながらもピーグに近付く。
「ギャッ!」
そして、容赦無く彼の醜悪な顔に拳を叩き込んだ。
殴られたピーグは地面に倒れるも、尚も金貨を離さない。
それを見た浮浪者達は余計に腹が立ったのか、三人でピーグへ殴る蹴るの暴行を続けていく。
ボコボコにされたピーグは意識を失いそうになったところで、ようやく金貨を手放した。
「チッ。手間かけさせやがって。行くぞ」
「おお! 今日は良い酒が飲めそうだ!」
三人の浮浪者達は奪った金貨をジャラジャラと鳴らし、ご機嫌な様子で去っていく。
対し、ピーグは霞む視界の中で彼らの背中を睨みつけた。
だが、睨みつけるだけでは金貨は返ってこない。奪われた物は戻って来ないのだ。
――王都南東区、ここでは力がモノをいう。
力が無ければ生きていけない。
他者を蹴落とし、利用し、使い捨てるだけの力が無ければ生きていない地獄だ。
この地獄から抜け出すにも、同様の力が必要となる。
「グ、ア……グゥゥゥ……!!」
力無き哀れな男、ゴミ漁りのピーグ。
彼は金貨を奪った男達を睨みつけながらも、悔しさを滲ませながら地面の土を握り締めた。
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