第38話 小汚い男 1
さて、今夜も楽しく情報収集のお時間がやって来た。
先日はリカルドのことを聞きに暗殺依頼御用達のバーへ出向いたわけだが、リカルドについては『逃亡中』という情報しか手に入らなかった。
逃亡中の人間を探すのは時間が掛かるだろうし、ここは王都に存在する唯一の人間であるバーベナを中心に攻めていくのが良いだろう。
南東区に入った俺は区画内の半ばまで進み、バーベナの居城である『薔薇の館』の前まで向かった。
「……貴族の屋敷みたいな店構えだ」
外観は白く、豪勢な貴族の屋敷って感じの見た目。
他の娼館よりも豪華で美しさもあり、まさしく高級感がビンビンに感じられる建物だ。
平民からすれば豪華すぎる外観は威圧感に変化して、娼館としては敷居が高そうに感じられる。
しかし、貴族からしたらどうだろう? 実家のような安心感を抱く豪華さとサイズ感なんじゃないだろうか?
何にせよ、他の娼館とはしっかり差別化が図られている。狙う客層に合わせたコンセプトもばっちり。
区画内で二番目の勢力を持ち、貴族から人気な娼館というのは確かに納得できる。
現にたった今、娼館の前に馬車が停まった。
馬車の中から出てきたのは品の良いスーツに身を包んだ中年貴族……らしき男。
従者を連れて堂々と入店する姿は、前世の有名人がスキャンダルを起こした際の叩かれっぷりを知っていると「肝が据わっているな」と思わざるを得ない。
娼館のドアがドアマンによって開けられた際、チラッと見えた。
長い栗毛の美しい女性。赤と黒を基調としたナイトドレスに身を包んだ美人。
間違いない、バーベナだ。
魔物化する前の姿と全く同じだ。
「存在確認っと」
確かにバーベナはいた。
ゲーム内と同じ姿で、同じ名前であることが確認できた。
問題はここから。
どう彼女に近付くか。どう彼女から情報を引き出すか。
「うーん」
怪しまれないよう、路地に入ったところで娼館全体を観察。
正面ドアを見ている限り、人の出入りは多くない。
他の娼館は平民達がバンバン入って行くが、薔薇の館に関しては先ほどの貴族が入店して以降は客足が途絶えている。
商売としては量よりも質を重視しているので、これが日常的な光景なのだと思うが。
「おや?」
観察を続けていると、娼館の脇にある路地へ一台の馬車が進入していった。
路地の入口で馬車が停まり、荷台からは木箱が下ろされていく。
荷物を下ろした人はドアマンに一言二言告げると、娼館の裏へ向かって木箱を運んでいくのだ。
あれは娼館で使う食材や酒が入った箱だろうか?
「仕入れ業者に扮して侵入するとか? 侵入してバーベナに接触して……」
ブルーブラッドについて強制的に口を開かせるのもありか?
いや、でもな……。争いになって人殺しに発展するのは避けたいな。
人の命が軽い世界とはいえ、やっぱり人殺しにはなりたくないって忌避感が強いよ。
となると、バーベナを殺さずに情報だけ得る手段が必要だ。
「攫って尋問?」
最初に思いつくのはバーベナの誘拐。
娼館に侵入し、彼女を攫って別の場所へ連れて行く。
そこで刑事ドラマよろしく、椅子に座った彼女に「吐け!」とブルーブラッドについて質問するのだ。
自分の顔を隠しながらね。
ただ、なかなか口を割らなかったらどうしよう?
女の人を殴ったり拷問するのはちょっと気が引けるな。
「自白剤的なモンってあるのかな?」
薬責め……。
ハードなエロゲーかよって状況になりそうだが、ぶん殴るよりはマシだろうか……?
「何にせよ、もうちょっとターゲットの行動パターンを知らないとな」
バーベナは娼館の中で寝起きしているのか、日中は出かけたりするのか、一人になる時間はあるのか……など、誘拐するなら入念な準備が必要である。
「もう少し観察して――」
そう独り言を呟いたところで、背後から「ヒタヒタ」という足音が聞こえた気がした。
その音は実に不気味で、遅れて「フゥ、フゥ」「ヒ、ヒヒ」という息遣いと笑い声が聞こえてきたのだ。
正直、ゾッとした。
ホラー展開? と思えるほど唐突で不気味だったからだ。
俺は恐る恐る背後を振り返ると、暗い路地の先には――目を光らせる小さな影があったのだ。
「うおおお!?」
思わず叫んで尻持ちをついてしまうと、その影は徐々に俺へ近付いてきて……。
「ひ、ヒヒ……。だ、大丈夫……?」
月明りに照らされた影の正体は、背中を丸めた人間だった。
頭からボロボロのローブを被った浮浪者の男だったのだが、彼の顔は人が考えうる限りの『醜悪さ』を詰め込んだような造りとなっている。
顔の形は浮腫んで歪になっているし、左目の瞼はぼっこりと腫れて目が潰れている。不衛生な生活をしているせいか、口周りも腫れて歯はほとんどない。
背も小さく、背骨が歪んでいるせいか常に猫背。栄養不足で手足など枝のように細い。
しかし、その醜悪な顔と独特なフォルムのおかげで男の正体にピンときた。
「お、お前……」
こいつはゲーム内で『小汚い者』と呼ばれていたキャラクターだ。
悪役として堕ち、ブルーブラッドに所属していた俺の同僚みたいな立ち位置の人間である。
いや、こいつの場合はブルーブラッドに引っ付いてお零れを頂く雑魚キャラみたいな感じか?
要は悪役だった俺以下の存在なのだが、誰からもぞんざいに強く当たられる哀れな男。
そんな扱いを受けていた理由は、やはり顔である。
ゲーム内では「ゴブリンとオークがヤッて出来た子供」と表現するほど酷く、人間でありながら人間扱いされなかった男。
それが小汚い者――ピーグという男だ。
「だ、だ、だ、だいじょうぶ……?」
裸足のピーグはヒタヒタと足音を鳴らしながら近付いてくると、その醜悪な顔に不安そうな表情を浮かべた。
「あ、ああ。大丈夫だ」
まさかここで俺よりも哀れなキャラクターと遭遇するとはね。
こいつの最後は俺よりも酷いぜ。
魔物化しても最弱だったこいつは、勇者パーティーにやられて捕まってしまう。
捕まったあとは、街の住人達からボコボコにされた挙句に火炙りに処されて死ぬんだ。
死ぬ寸前に叫んだ人間への増悪は強烈だったね。
「お前、何しているんだ?」
強烈な印象を残したキャラクターだったからこそ、今が気になる。
「た、たべ、食べ物……。さ、探してる」
ブルーブラッドに引っ付き回る前までは浮浪者として生きていた、という設定もそのままのようで。
ゴミ漁りをしながら食べ物を探す毎日を過ごしているようだ。
彼は近くにあったゴミ箱をひっくり返すと、異臭を放つゴミの中に頭と手を突っ込んだ。
ガサゴソとゴミを漁り、見つけたのはカビの生えたパン。
それを美味そうに頬張る姿は……。確かにゴブリンとオークがヤッて生まれた子にしか見えない。
「…………」
こうはなりたくない、という感情と同情が入り混じる。
形容し難い感情が俺の中に渦巻き、やがてその感情は「憐れ」というカテゴリに入り込む。
憐れ、可哀想。
こいつも悪に堕ちて死ぬ。
正しく悪役だった俺とは育った環境が違えど、行き着く先は同じなのだ。
俺にとって救いだったのは、人生をやり直す幸運に巡り合えたこと。
こいつにはそのチャンスすら与えられなかった、という決定的な違いがある。
「き、今日は大量」
腐った肉を片手に不気味な笑顔を浮かべるピーグを見て、俺はポケットに手を突っ込んだ。
「おい、これやるよ」
俺はポケットの中にあった金貨を三枚ほどピーグに投げる。
慌ててキャッチしたピーグは、自身の手にある金色のコインを見て驚きの表情を浮かべる。
俺とコイン、目を行き来させるほどだ。
「お前、食うに困ってんだろ? その金をやるから身なりを綺麗にしろ。そんで表通りで仕事を見つけて生きろよ」
「で、でも……。オ、オラはこんな顔だから……。み、みんな怖がる……」
「顔は酷いが、身なりを綺麗にすればマシになる。たぶんね」
そこまでは責任が持てないが、努力次第ではなんとか……なる世界、優しい世界だと思いたいね。
「で、で、で、でも、こ、こんなに、も、も、貰っちまってい、いいのかい、だ、旦那?」
旦那、と呼ばれる声音がゲームプレイ中の音声にそっくりだった。
懐かしいボイスに思わず思い出し笑いしちまったよ。
「ああ。他のやつに取られるなよ」
俺が頷くと、ピーグは何度も頭を下げた。
「あ、あり、ありがとうござ、ございます」
感謝の言葉を口にしながらも、ペコペコと頭を下げ続ける彼を見て――そうだ、と俺の頭に電球が浮かぶ。
「なぁ、金をやる代わりに聞きたいことがあるんだ」
「へ、へへえ! な、なん、何なりと!」
「お前、いつもこのあたりでゴミ漁りしているのか?」
「へ、へい、そ、そうです」
「だったら、薔薇の館について詳しいか?」
「く、詳しいかどうかは……。わ、わか、わかりませんが、い、いつも見てます」
綺麗な建物だから、とピーグは他人が見たら邪悪にしか見えない笑みを浮かべた。
予想通りだ。
こいつから少しは情報が得られるかも。
俺はピーグに近付き、浮浪者である彼から情報を得ることにした。
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