第37話 怪しまれる悪役貴族
今夜も名演技をキメて寮の自室へ帰ると、鍵を開けたタイミングで隣のドアが開いた。
「おかえり」
ドアから顔を出したのはパジャマ姿のシャルだ。
「おお、ただいま」
挨拶を返して自室へ戻ろうとすると、シャルはスススッと滑り込むように俺の部屋へ。
先に入室したシャルは俺のシャツを引っ張りながら立ち位置を入れ替え、流れるような動作で鍵を閉めた。
「ねぇ、連日どこへ行ってるの?」
シャルの顔には「怪しんでいます」と言わんばかりの表情が浮かぶ。
そして、俺の体に顔を近付けて匂いを嗅ぎ始めた。
「……少々のタバコ臭」
スンスンと鼻を鳴らしながら顔を上へ上げていき、最後には俺の口元に鼻が近付いた。
「お、おい」
「……お酒臭い」
これが決め手になったらしい。
シャルはムスッとした顔を俺に見せると、腰に手を当てて説教を始めた。
「レオン君。君は男の子だし、僕達の年齢は大人に憧れを持つのも分かるよ。みんな早く大人みたいに色々したいって思うよね」
シャルは酒を飲んだことについて怒っているのだろうか?
しかし、この世界に飲酒に関する法律はない。
ガキだろうが赤ちゃんだろうが、酒を飲もうと思えば飲める世界である。
タバコや娼館での性交渉も同じ。
「でもね! 南東区はダメだよ! あそこはクズ共の肥溜め、悪い大人達の巣窟って言われているんだからね!」
酷い表現だが、決して間違ってはいないのが何とも……。
「南東区には行ってない」
「表通りの酒場で飲んできたの?」
「まぁ、そんなところだ」
「ふぅん……」
またしても怪しむような視線と表情を見せ、シャルは俺の体に再び顔を近付ける。
「……女の人の匂いはしないから本当っぽい」
スンスンと匂いを嗅いでいたシャルは俺に抱き着くと上目遣いを見せる。
どう見ても美少女にしか見えない仕草を見せながら、頬を赤くして言うのだ。
「……どうしても我慢できなくなったら僕に言って」
何をだよ。
何を言えってんだよ。
俺は怖くて聞けなかった。
◇ ◇
翌日、早朝トレーニングを終えて学園へ向かおうとした時だ。
「僕、今日は先に行くね!」
いつもは俺の横に並んで向かうシャルが、珍しくも一人で向かうという。
しかも、いつも以上に早く。飯を食ったら即出発って感じだ。
短い道を一人で歩くのも久々過ぎて、若干ながら物足りなさを抱いてしまう。
「おはよう、レオ!」
「おはようございます」
「おっす、おはようさん」
学園の門を潜るタイミングでリアムとマリア嬢に遭遇。
朝から二人一緒ってことは、昨晩は侯爵邸に泊まったのだろうか?
御盛んなことだぜ。
「今日はシャルと一緒ではありませんのね?」
俺が一人って状況は、マリア嬢にとっても珍しく見えるようだ。
「うん。何か先に行くって」
「どうしたのでしょう? 今日は先生に頼まれた仕事でもあったのかしら?」
我らがAクラスの担任は、ちびっ子お昼寝先生ことミミモ先生である。
まぁ、担任といっても前世の学校ほど担任らしいことはしない。
たまに学生達へ連絡事項を伝える係、みたいな立ち位置なのだが。
ただ、あの先生は常に「楽をしたい」の塊みたいな人間性だ。自身の仕事を優秀な生徒に押し付けるように巻き込む癖がある。
ありゃ、見た目がちびっ子だから許されているんだ。他の先生だったら貴族パワーで即潰されているぞ。
合流した二人と共に教室に向かうと、いつも通りリリたんが先に到着しているのだが……。
「あっ! 来た!」
先に向かっていたシャルはリリたんと何か喋っていたらしく、俺達を見つけるなり手招きをする。
「マリアちゃん、今日の放課後に水着を買いに行かない?」
「ええ、構いませんわよ」
シャルはリリたんと水着を買いに行く計画を立てていたのだろうか?
だとしても、早く登校する意味はあまりないように思えるが……。
女性陣とシャルが盛り上がる中、授業が始まる予鈴が鳴る。
シャルとマリア嬢は自分達の席に戻っていき、俺も着席して授業を受ける準備を始めたのだが、ここで横に座るリリたんにトントンと肩を叩かれた。
「レオ君、昨晩はお酒を飲みに行ったって本当?」
リリたんは笑顔である。
満面の笑みだ。
しかし、続けてこうも問うてくるのだ。
「女の人がいる酒場じゃないよね?」
目が笑ってない。
口元は笑っているが、目には断罪者のような暗く冷たい何かが潜んでいた。
「ち、違うよ」
「そっか。なら良いんだぁ」
パッと輝くようなワンコスマイルに戻ると、彼女はスッと口元を俺の耳に寄せる。
「もしも、我慢できなくなったら言ってね」
小さな声で囁く彼女の顔を見ると、顔が真っ赤だった。
「わ、私……。頑張るから」
何を、とは聞けなかった。
聞いたら絶対に気絶絶頂しそうだったから。
◇ ◇
放課後、俺達五人は街へ繰り出した。
向かった先は東区の表通り、貴族向けの商会が並ぶゾーンだ。
貴族向けの店舗の正面はガラス張りになっており、イチオシの商品達がこれでもかと主張している。
その中でも特に多いのは、これからの季節には欠かせない水着や夏物の洋服達である。
「じゃあ、行ってくるね」
女性物の洋服を扱う商会に到着すると、女性陣は水着を買うべく入店。
俺とリアムは外で待つことになったのだが……。
「当然のようにシャルも一緒に行ったね」
「言うな」
リアムの呟きをシャットアウトしつつ、勇者と二人きりという状況が出来上がった。
「そういえば、近いうちに騎士団で訓練を積ませてもらうことになったんだ。よかったらレオも一緒にどう?」
壁に寄りかかりながら待っていると、リアムが「侯爵様の計らいでね」と付け加えつつ言った。
「ほーん……。騎士団ね」
最初は興味を抱かなかったが、頭の中にいる俺が「ちょ、待てよ」と考え直すよう促してきた。
これはチャンスなんじゃないか?
本来は騎士団で指南役をするユグゲルが不在となっているが、その代わりを誰が務めているのか確かめるチャンスである。
「本職の騎士達が模擬戦をしてくれるらしいんだ! きっと大きく成長できるチャンスだよ!」
「確かにチャンスだ」
俺にとっちゃ別の意味でのチャンスだがね。
しかし、俺が乗り気な様子を見せるとリアムの顔がどんどん嬉しそうになっていく。
「じゃあ、一緒に行く!?」
「お、おお」
どうしてそんなに嬉しそうにするんだよ。
まるで俺とダチになったばかりのシャルみたいなリアクションじゃねえか。
「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
素直に問うてみると、リアムは満面の笑みを浮かべた。
「だって、友達と一緒に高みを目指すなんて最高じゃないか! レオと一緒に強くなれるなんて嬉しいよ!」
「そ、そうかい……」
こいつ、本当は頭のイカれた戦闘狂なんじゃねえか?
本当に勇者様かよ?
「まだ時間掛かりそうだし、何か食わねえ?」
それはともかく、小腹が減った。
俺はリアムを誘って中央区側に並ぶ屋台へ向かう。
お互いに相談した結果、チョイスしたのは串焼き肉である。
実に思春期真っただ中の男の子らしい選択だろう?
「美味いけど何の肉だ?」
「さぁ……。鹿っぽい味だね」
王都近郊によく出現する鹿の魔物かな? 若干臭みが残っているが悪くない。
「もう一本食べる?」
「ああ、次は別の屋台にしよう」
一本じゃ物足りないのは俺もリアムも一緒だったようで。
次はジャイアントボアの肉へ仲良く食らいつく。
「食い歩きって楽しいよね」
「確かにな」
こうして二人で過ごしていると、馬鹿を言い合う友人と過ごす青春の一ページみたい。
お互いに背負う運命は真逆だが、こうした瞬間も悪くないと感じてしまった。
こいつは勇者だが、人としては良いヤツなんだよな……。
勇者じゃなければ、もっとすんなり仲良くなれていた気がするよ。
「そろそろ戻ろうか」
串を捨てて店まで戻ると、タイミングよく三人が退店してくるところだった。
「お待たせ~」
紙袋を持ったリリたんの輝かしいワンコスマイル。
小腹を満たした心に効く炭酸ジュースのように爽やかだ。
「良いのあった?」
「うんっ」
リリたんは紙袋を抱きしめながら頷くと、にひっと笑いながら俺に言うのだ。
「期待しててね?」
彼女の挑発的なセリフに負け、色だけでもと問うが「秘密♡」と言われてしまった。
こりゃ楽しみだ。
早く来い、湖イベント!
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