3章 夏と教会

第31話 悪役貴族の青春学園生活(火花散る編)


 勇者の覚醒イベントが終わってから三週間が経過した。


 もうすぐ七月に突入するが、王都ではまだ爽やかな風が吹いているので過ごしやすい。


 異世界の夏は前世より抜群に過ごしやすいから助かる。


 前世の頃は気温が四十度になるのも当たり前な世界だったし、それくらい暑くなるのにクーラーが無い世界で過ごすってなると……。


 想像しただけで地獄のようだ。


「そろそろ暑くなってきましたわね」


 授業の合間、いつものメンツで雑談していると、俺の感想に反してマリア嬢がため息交じりに言った。


 暑い寒いの感じ方は人それぞれであるが、既に夏用制服――ジャケット無し半袖シャツのみ状態で授業を受けているのは彼女くらいだ。


「マリアちゃんって暑さに敏感?」


「ええ。私、昔から暑がりで……。汗もたくさん掻いてしまいますし、苦手な季節ですわ」


 リリたんが問うと、マリア嬢はまたしてもため息を漏らす。


 貴族令嬢は汗など見せず、エレガントで優雅な振舞いを見せなきゃいけないってイメージがあるが、この世界の常識では違うのかな?


 しかし、マリア嬢は暑がりなのか。


 ゴージャスなドリル髪は毛量多めだしね。


 ただ、夏用制服は素晴らしいもんだと強調して言っておきたい。


 特にマリア嬢のようなナイスバディな女性が着用するとすごいことになる。


 暑いと言いながら腕を組む彼女の腕には、豊満な胸が乗っかっていて……。正直、嫌でも目がいってしまう。


 前世でもあまり興味が惹かれなかったキャラクターでもこの威力なのだ。


 じゃあ、リリたんが着用したらどうなってしまうのだろうか?


 俺の脳がオーバーヒートして鼻血の噴水状態になってしまうんじゃないか? と今から心配である。


 今から妄想して耐性をつけておこう。


 俺はマリア嬢と楽しくお喋りするリリたんを見つめながら「ンマママ」と呟いて想像力を増幅させていく。


「ねぇ、レオン君」


「待て、今良いところだ。ンマママ……」


 シャルが俺の服を摘まんでくるが、もうすぐ見えそうなんだ。


 もうすぐリリたんの夏服が……。


「ねぇ、今年の夏は湖へ泳ぎに行こうよ」


「ん? 湖? 湖って王領の?」


 夏のトキメキイベントらしいキーワードが耳に入ると、否応にも反応してしまう。


 二度目の青春を大事に過ごしている俺にとっては大事なキーワードだからね。


 もうあの日の夏のように……。


 家に引きこもりながら一人ゲームして過ごす夏は嫌なんだ……。


「そうそう。湖のこと知ってるの?」


「どんなところかは知らんが、前にリリから夏に行こうって誘われたから」


 記憶の中にある灰色の夏を手で振り払うと、俺の頭の中にはアオハルな色で染まった夏のイメージで染まっていく。


 ――大きな湖、冷たい水、水着姿のリリ。


 俺の横に座った君は濡れた髪を頬にくっつけて微笑む。


 そして、俺に言うんだ。


『レオ君、好き』


 頬を赤らめたリリは俺に顔を近付けて、ぷるんと柔らかそうな唇を――


 ヒューッ!! たまらねえ!!


 夏ってのはこうあるべきだ! 二度目のアオハルな夏はこうなりたい!!


「そっか。じゃあ、みんなで行こうよ」


 妄想全開の俺が自分の体を抱きしめていると、シャルはリリたんとマリア嬢にも提案し始めた。


「湖ですの? 確かに毎年行っていますし、今年も行く予定でしたわ」


「私も行くつもりだったよ。レオ君と一緒に」


 リリたんがそう言った途端、シャルとの間に火花が散ったように見えた。


「じゃあ、リアム君が元気になったらみんなで計画立てようよ」


 シャルが言ったように、勇者の力に覚醒したリアムは『体調不良』を理由に戻って来ていない。


 リアムが体調不良って情報はマリア嬢からなんだが、まぁ、これは詳細を伏せているってことだな。


 ゲームの流れを知る俺にはバレバレだけどね。


 彼女の父親であるジョージ・レイエスが王様の耳に入れ、そこからリュケル教会に伝わるって流れはとっくに済んでいるだろう。


 今頃は教会から『勇者』と認定され、勇者の力を把握しておきたい大人達に囲まれている頃だろうか?


 ――そこまで進んでいるってことは、教会から王様の耳に「世界の危機が迫っている」とも伝わっているだろう。


 この段階ではまだ『魔王』の存在は認識されていないし、魔王軍も登場しない。


 リアムが光の剣を抜いた段階で徐々に兆しが見えてくるのだ。


 確か、剣を抜くのは二年目の春だったかな。


「リアム君、大丈夫なのかな?」


「……大丈夫ですわ。もうすぐ元気になるとお医者様も言っておりましたし」


 シャルが心配そうに言うと、マリア嬢は少し困ったような表情を見せる。


 俺の予想ではあと一週間くらいだろうか? 


 ゲームでも夏前の試験までには戻って来てたし。


 それともう一つ。


 勇者が学園に復帰してから重要なシーンが待っている。


 の登場だ。


 悪役である俺は、本来このタイミングで登場するのである。


 最初は弱みを握った生徒を脅し、実技試験で勇者をボコボコにしてやろうって企むのだが、当然ながら力を覚醒させた勇者が負けるはずもない。


 新しい力を得た勇者プレイヤーは「色々試してみよう」となるわけだ。


 ゲーム内では覚醒したことによるステータスの変化、パッシブ能力や新たなスキルなどのチュートリアルにこの戦闘が使われる。


 そして、生徒をけしかけたのは『レオン・ハーゲット』だったと判明し、そこからチョイチョイと勇者に嫌がらせやら事件に巻き込んでいくのだ。


 記念すべき策略一発目はチュートリアルに使われ、見事クソ哀れな雑魚悪役としてデビューを果たすのである。


 ……このイベントが丸々潰れるわけだが、大丈夫なのかね?


 また戦乙女が降臨なさったらどうしよう。


 負けるつもりはないが、時間を戻されて悪役を強要されたら……。


 戦乙女と戦うよりキツいぞ。


「どうしたの?」


 思い悩んでいると、リリたんに顔を覗き込まれてしまった。


「いや、何でもないよ」


 至近距離で見るリリたん可愛い。


 悪役を強要されたらリリたんとの触れ合いも無くなっちまうんだよな。


 これだけは絶対に避けたい。


 ただ、若干ながら希望もある。


 そもそも、俺は死亡フラグの第一歩を殴り折ったのだ。


 正史ルート、ゲームのシナリオと全く同じ人生を過ごさなきゃいけないってんならガキの頃に戦乙女が降臨してないとおかしい。


 課外授業の際に降臨したのは、あくまでも勇者の覚醒を邪魔したから――と考えたい。


「レオ君、授業始まるよ」


「あ、うん」


 仮に勇者にチョッカイかけるイベントが丸々潰れることが許されたとしても、まだ問題は山積みだ。


 将来的にレオン・ハーゲットが所属する闇組織についても調べておきたいし……。


 どこかで情報収集しないと。


 内心、大きなため息を吐きながら席に着いた。


 

 ◇ ◇



 放課後はみんなで街へ出た。


 今日の目的は市場にあるフルーツ屋台だ。


 前にリリたんと行った場所であるが、彼女から話を聞いたマリア嬢が「体験してみたい」と言ったから。


「ど、どれに致しましょう?」


 貴族科の生徒を相手にする屋台の親父はガッチガチに緊張している。


 屋台の親父とすっかり顔馴染になった俺が小さな声で「侯爵令嬢」「粗相したら死ぞ」と教えたせいでもあるのだが。


「まぁ! 丸々一つ買わずに済みますのね! 画期的な販売方法ですわ!」


「お、恐れ入ります」


 販売システムに驚くのは侯爵家のご令嬢ならではだろうか。


 侯爵家ならフルーツなんて木箱単位で買いそうだしね。


「リンゴの皮がついていますわ」


 マリア嬢はリンゴを注文したのだが、リンゴの皮が残っているのが意外だったらしい。


 ミカンを食う時も使用人に「白いのが残ってますわ」とか言って綺麗に剥かせるのかな?


「丸かじりするのがツウの作法だけど、マリア嬢にはまだ早いね」


 俺は勝ち誇ったような表情でカットされていないリンゴに齧り付く。


「で、できますわ! 私もチャレンジしますわ!」


「止めときな。お嬢ちゃんにはまだ早いぜ」


 煽っておいてなんだが、絶対やめてくれよ。


 歯茎から血が出たら侯爵家の私兵に殺されそうだからな。


「ド、ドロボー!」


 チャレンジする! と鼻息荒くしているマリア嬢をなだめていると、市場の方から叫び声が聞こえてきた。


 顔を向けるといかにも悪そうな男が女性物のバッグを小脇に抱え、俺達のいる方へ走って来るではないか。


 たぶん、南東方向へ続く裏路地へ逃げ込むつもりだ。


 その方向はガラの悪い連中も多いし、飲み屋や娼館の固まるオトナなエリアだからね。


「シャル、足元に土魔法。躓かせて転がしちまえ」


「うん」


 この中では魔法陣の構築がダントツに速く、構築も上手いシャルに指示を出す。


 すると、シャルはササッと魔法陣を構築して――男の進行方向に小さな土の塊が、道の石畳を突き破って出現する。


 足を引っかけるには丁度良い大きさ。躓くにはもってこい。


「おあッ!?」


 見事に足を引っかけた男はバッグを手放しながら盛大に転び、周囲にいた男達に取り押さえられてしまう。


「いいね」


「えへへ」


 褒めてやると、シャルは笑いながら俺に頭を向けた。


「ん」


「……ん♡」


 撫でろ、の合図である。


 前に褒めたら「頭を撫でてよ」と言われ、それを実行したら毎度褒める時は頭を撫でるようになってしまった。


 今では頭を向けられたら撫でて欲しいんだな、と分かるくらい自然な行為になってしまっている。


「まるでご主人様とペットのウサギですわね」


 マリア嬢が苦笑いする中、俺の服が引っ張られて――振り返ると、俺に頭を突き出すリリたんがいた。


「え?」


「私も撫でて欲しいな?」


 意味が分からず困惑していると、ニッコリ笑ったリリたんがそう言った。


 しかし、次の瞬間にはシャルが間に入ってくる。


「ダメだよ。リリちゃんは褒められることしてないよね?」


 若干ながらムッとした表情をリリたんだったが、すぐに顔がパッと輝いてからニヤリと笑った。


 リリたんは俺の腕を引くと、フォークに刺さったリンゴを差し出してくるのだ。


「はい、あーん♡」


 パクリといくでしょう。


 いかなきゃ男じゃないよ。


 差し出されたリンゴを口に頬張ると、リリたんはフォークを見せつけながらニヒッと笑う。


「あっ!」


 シャルが声を上げた瞬間、リリたんは別のリンゴにフォークを差した。


 そして、それを自分の口に運ぶのである。


 シャクシャクとリンゴを咀嚼しながらも、シャルに勝ち誇るような笑みを向けた。


「ぐぬぬ……! レ、レオン君! 僕のもあげる!」


 そうして、俺の口に突っ込まれるバナナと満足気なシャルの顔。


「……アツイですわね」


 マリア嬢が零した言葉の意味はどっちだろうか?


 しかし、その「やれやれ」みたいな顔が気に入らない。


 自分だってリアムにお熱なくせに! 


「んぐんぐ……。リアムが戻ってきたらマリア嬢もやってみれば?」


「は、はぁ!? わ、私は別に!? 二人を羨ましいとは思っていませんけど!?」


「ヒューッ! 素直じゃないねぇ! 素直になっちゃえよ~!」


 不敬にも肘で何度もつつきまくってやると、顔を真っ赤にしたマリア嬢に思いっ切り背中を叩かれてしまった。


 青春だぜ。



※ あとがき ※


3章の半分まで書いたので更新再開します。

ただ、毎日投稿は難しいので週に3回投稿できたらいいな……って感じのペースになると思います。


少しでも面白かったらフォローやレビューを頂けると作者のモチベアップになるので是非お願いします。

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