第32話 組織のヒントを探して 1


 昼間はリアムを抜いた仲良し四人組での青春学園生活を謳歌しているが、夜になると一人私服姿で街へ繰り出した。


 一人で王都を歩く狙いは、悪役である俺が将来所属する闇組織について探ること。


「ブルーブラッドってどうなるんだろう?」


 悪役貴族レオン・ハーゲットが所属することになる『ブルーブラッド』とは、ゲーム本編旅パートから度々登場して勇者パーティーと敵対する闇組織である。


 最初は対人戦での戦闘が多いのだが、旅パート後半になってくると少し状況が変わってくる。


 毎回勇者に負けて『覚えてろよ~!』を連発していたブルーブラッドだったが、後半になると自身の体を『魔物化』して挑んでくるのだ。


 加えて、ブルーブラッドは人間達で構成された組織であるが、実は魔王軍と繋がっていたことが判明。


 魔王の手先と化した闇組織は魔物化という力で勇者に対抗し、勇者が魔王へ近付こうとするのを阻止しようとする役目を持っているってわけ。


 本来のレオンが所属している上、死に繋がる一番の要因とも言える組織であり、魔王討伐までのシナリオにとって重要なポジションとなっている組織とも言えよう。


 シナリオにとって重要な組織の長は『ユグゲル・ガウェン』という名の男。


 なんと彼は元英雄として輝かしい功績を持つ人物だ。


「ログレス王国の英雄譚に登場する人物なのにねぇ」


 つい独り言を呟いてしまうほど、輝かしい功績を打ち立てた人物なのだ。


 先の戦争でログレス王国を勝利に導いた英雄であり、彼の存在無くしては戦争に勝てなかったと謳われるほど。


 偉大なる英雄はログレス王国騎士団指南役としてのポジションを得ており、初登場シーンでは勇者の力を覚醒させたプレイヤーの先生として紹介される。


 プレイヤーは指南役であるユグゲルから剣の指南を受け、剣術ステータスが大幅に上昇するというイベントが発生するのだ。


 更には訓練コマンドにある『剣術』を選択すると、初登場以降は確率でユグゲルが登場してステータスが大幅アップするというイベントが追加される。


 もちろん、シナリオを語る会話パートでも度々登場する重要キャラクターだ。


 つまり、序盤で味方だと思っていた人物が「実は悪者でした」という展開が繰り広げられるのだ。


「よくある王道パターンだが、最終決戦はなかなか熱かったな」


 というわけで、ブルーブラッドについて探るならユグゲルを探るのが一番の近道と言えよう。


 ――と、考えたまでは良かった。


 しかし、アクションを起こしたところで、最初に呟いた「ブルーブラッドってどうなるんだろう?」に繋がる事実が発覚したのだ。


 俺は確信を抱きながらも、王都の事情・状況に詳しいマリア嬢に「英雄ユグゲルが騎士団で指南役しているって聞いたけど本当?」って探りを入れたのだが……。


 返ってきた答えは「NO」だった。


「まさかユグゲルが山奥に引き籠っているとはね……」


 ゲームでは序盤に登場するユグゲルであるが、現実世界だと王都には住んでいない。


 マリア嬢曰く「先の戦争でトラウマを抱え、今は山奥で暮らしているらしいですわよ」とのこと。


「……ゲーム内とは違う展開が気になるな」


 ユグゲルが指南役として存在していないってのは、かなり大きな相違点ではないだろうか?


 勇者は英雄から剣術を学ぶイベントが無くなったわけだし、後半で「どうして先生が!?」というパターンも消滅するわけだからね。


 まぁ、在学中にユグゲルが王都にやって来る――遅れてゲーム通りの展開になるって可能性も否定できないが。


 ただ、マリア嬢の話を聞く限りでは、ユグゲルが抱えているトラウマとやらは重症らしい。


『過去に騎士団長がユグゲル氏に指南役を頼みに行ったらしいのですが、ドア越しに拒否されて顔も合わせてくれなかったらしいですわ』


 ユグゲルを訪ねた騎士団長は「山奥で静かに暮らしたいからもう来るな。私は誰とも関わりたくない」とさえ言われてしまったようだ。


 別のアプローチとしてユグゲルの仲間に説得してもらおうとも試みたそうだが、元仲間も「絶対無理だ。俺達とも会ってくれない」と断られたそう。

 

 元仲間に『彼は人に絶望した』と言わせるほど、他人との関係性を断っている。 


 そこまで追い込まれた人間があっさりと覆し、指南役を引き受けるだろうか?


 俺としては「あり得ない」と言いたいね。


 二度目の誘いに勇者というワードを出しても断るだろうよ。


 とにかく、今回得たユグゲルの件を鑑みると、現実世界とゲームのシナリオは似ているようで少し違うことが判明したってわけだ。


 しかしながら、勇者の覚醒を邪魔すると戦乙女が降臨するっていう矛盾も生じている。


 これはなんだ? どういうことなんだ?


 シナリオを大きく逸脱すると戦乙女が降臨してするってことなのか?


「そういえば、リリたんの家も紋章が違ってたよな?」


 この微妙な違いはなんだ? 相違点が生まれる理由はなんだ? 俺が原因なのか?


 ……分からない。


 考え続けても答えは出ない。


 答えは出ないが、ブルーブラッドはどうなる?


「ユグゲルに成り代わる人物が組織を結成するのか……?」


 これもあり得ない話ではない。


 俺が悪役とならなかったように、ユグゲルもまた何らかの原因で悪役にならなかったという可能性も考えられる。


 ……推測は無限に出てくる。もしかして、と様々な選択肢が湧いてきてしまう。


 現状得ている情報だけでは完全に推測することは不可能だろう。


 ――という考えを二巡三巡と繰り返して今がある。


「まぁ、心当たりから当たっていくしかねえな」


 モヤモヤして気持ち悪いが、答えは出せないので今考えるのは止めよう。


 ポケットに手を突っ込んだまま、俺は王都南東へ向かって歩いて行く。


 平民向けの住宅区画を抜けると、表側とはガラッと雰囲気が変わった区画へと辿り着いた。


 王都南東区、風俗街。


 グレーな飲み屋や娼館が多く建ち並ぶ区画は、真っ当な人間はまず足を踏み入れようとしないだろう。


 真っ当な人間が酒を飲みたいなら表通りにある酒場へ行く。


 こちら側は真っ当とは別の何かを期待する輩や、少々危険だが金払いの良い仕事を見つけようとする人間が訪れる場所だ。


 どうしてそんな場所が王都の中にあるのかって話だが……。


 まぁ、そういう側面も必要なんだろうってことしか言えないね。


 王都騎士団という国内最強の治安部隊が存在しており、貴族連中が王都を牛耳っている中で未だ存在しているのだから。


 騎士団と貴族が本気を出せば確実に潰せる区画だが、そうなっていないってことは「そういうこと」なんだろうよ。


 ――娼館の横を通りすぎる際、チラリと目を横にやった。


 そこには変装はしているものの、どう見ても身なりが整いすぎているヤツがいるんだ。


 しかも、娼館の店員らしき人物から恭しく出迎えられていてね。


「まぁ、毎日堅苦しい話をする連中もストレス発散は必要だよな」


 南東区で幅を利かせる連中は、逆に言うとお偉いさん方に生かされている存在だ。


 喉元に手を掛けられていて、いつでも握り潰される状況ってこと。


 そんな相手が姿を見せたら、全力でお出迎えしちまうよな。媚び売って「まだ生きたいです」と懇願しちまうよ。


 ――ここはお偉いさん共の『遊び場』だ。


 何をやっても許される。何をしても罪にならない。そんな遊び場。


「おお、怖い怖い」


 一人鼻で笑いながら奥へ進んで行くと、目的の店が見えてきた。


『質屋 グローブズ』


 この質屋はゲーム内にチラッと登場する店である。


 完全に悪役として堕ちた俺が仕事を求めてこの質屋を訪れ、そこからブルーブラッドという組織に繋がっていく。


 そんなシーンに登場する店である。


 仕事を求めて、というように質屋とは別の側面を持った店ってことだ。


 本来の自分をなぞるようにこの店を訪ねようと思ったわけだが……。


「さて、どうなるかね」


 意を決して質屋の中へ。


 薄暗い店内の中には、ランプの光を吸収して光る魔石を磨く店主が一人。


 モジャモジャの髭が生えたドワーフの親父。


 質屋の店主に関する立ち絵は無かったが、こんな厳つい顔してたんだ。


「……ガキが何の用だ? 買取か?」


「随分と態度が悪いな。表通りの店を見習った方がいいぜ」


 開口一番の悪態に対し、こちらも肩を竦めながら一発ぶちかましてやった。


「…………」


 おうおう、質屋の親父とは思えない眼光の鋭さだ。まさに王都の裏側を熟知している人間って感じ。


 だが、その程度じゃ怯まないぜ。


 オークはもっと怖い目をしてたからね。


「南東区の情報が欲しい」


「情報だ? お前みたいなガキが?」


 目は鋭いままに、こちらを怪しむ色を乗せてくる。


 まぁ、そりゃ当然だろうね。


 突然現れたガキが何言い出すんだって話だ。


 俺が親父だったとしても疑うぜ。 


 しかし、気にせず求めている情報を伝える。


「南東区にバーベナって女は存在しているか? あとリカルドって野郎だ」


 二人の名を出したが、こいつらはブルーブラッドの幹部になる人物達だ。


 どちらもブルーブラッドの長であるユグゲルにスカウトされ、ブルーブラッドの一員となるキャラクター達。


 ただ、二人ともブルーブラッドに所属する前の状況は詳細が語られていないんだよね。


 辛うじて明かされているのは、バーベナは南東区の娼館を仕切っていたということ。リカルドに関しては東の国からやって来た暗殺者ってことくらい。


 ユグゲルが王都にいない以上、先に幹部となる二人を調べて手掛かりを掴むしかない。


「それを知ってどうする?」


「アンタには関係ねえさ。聞かない方が身のためでもある」


 ニヤリと笑って言ってやるも、親父は「フン」と鼻を鳴らした。


「ガキがクソ言ってんじゃねえ。お前みたいなヤツが来る場所じゃねえんだよ」


 おうおう、いい態度見せてくれるじゃないの。


 だが、ここで暴力に出て力づくで聞くのはナンセンス。そういうのは三流のやり方だ。


 前世でハードボイルド系の映画を見てきた俺は正しいやり方を知ってるぜ。


 態度は変えず、親父に顔を近付けて、目を真っ直ぐ見て。


 こう言ってやるのさ。


「本当のガキがこんな場所に来ると思ってんのか? アンタの店は観光名所として有名なのかい?」


 そして、最後にこちらも「フン」と鼻を鳴らしてやれば完璧。


 それ以上は言わない。吐いた言葉に信憑性を持たせるようにね。


「……そこまで言うなら教えてやるよ」


 ほらねぇ! 俺ってば演技上手すぎィ!


 こりゃフラグを折り終わったらマジで俳優になっちまおうかな?


「ただし、情報料が――」


「ああ、分かってるよ」


 俺はテーブルの上に魔石が詰まった革袋を投げ置いた。


 中からゴロッと出てきた魔石は、王都近郊に生息する熊の魔物から採取したものばかり。


 モブキャラには討伐が難しい相手さ。


 色と大きさでそれを察知したのか、親父の顔は俺の顔と魔石を何度も行き来してたぜ。


「……お前、本気で何者だ?」


「聞かない方が身のためだって言ったろ? それとも――」


 そこで言葉を止めて、ニヤリと笑ってやる。


「そ、そうだったな。今の質問は無かったことにしてくれ」


 すると、親父は明らかな動揺を見せた。


「アンタは長生きしそうだ」


 ついでに一生に一度は言ってみたかったセリフも肩を竦ませて口にする。


「そうか……。そりゃ嬉しいね」


 親父は俺につられて肩を竦めながらも言った。


 ヒューゥゥゥゥッ!!


 まるで映画のワンシーンみたい! 俺ってば異世界演劇界で大スター間違いなしだ!


 ありがとう、前世の大俳優達!

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