幕間 リュケル教会
レオンが戦乙女と戦闘を繰り広げている時、世界の時間は停止していた。
王都にある教会、世界を創造した女神リュケルを崇める『リュケル教会』も時間停止の影響を受けていたのだが――
教会の中に一人、レオンと同じく『例外』が存在した。
「う~ん?」
時間停止の影響を受けた中年聖職者――教会長アルドナに対し、顔の前で手を振りながら反応を調べる女性。
彼女はリュケル教会ログレス王国王都支部の聖女ディアナだ。
彼女は教会が聖女用にと誂えた法衣に身を包む、今年で二十となる若き道しるべ。
更にその容姿も美しく、光輝く銀の長い髪を見た信者は彼女の持つ神聖さを感じ取るだろう。
「時間が止まっていますね」
時間停止の影響を受けた人間の反応、止まったまま動かない時計の針、段差に躓いた新人女性聖職者カーラの焦る顔とアクロバティックな態勢。
それらをぐるっと見回して、彼女は結論を出した。
「何故、私だけ動けるのでしょう?」
彼女は背後にあった祭壇を振り返る。
祭壇の後ろには色とりどりの花に囲まれた、白く美しい女神リュケルの像が置かれている。
彼女は女神像に対して跪き、顔を上げて懇願するような表情を見せた。
「これは何か災いが起きる前兆なのでしょうか? それとも既に起きているのでしょうか?」
聖女たる彼女は祈りを捧げ、女神リュケルとの交信を試みる。
しかし、反応はない。
女神との交信が成功する時と同じく、世界のどこかにいる女神と『繋がっている』感覚はあるというのに。
「一体、どうしたら……」
このまま時間が停止し続けてしまったらどうなってしまうのか、と彼女は恐怖を抱いたに違いない。
焦りと恐怖を一瞬だけ滲ませるが、冷静さを取り戻した彼女は再び祈りを捧げて女神との交信を試みる。
その後も何度か続けるが交信は行えず、時間だけが過ぎていく。
そして、三十分ほど経過したところで――聖女ディアナの視界が一瞬だけ暗転した。
「え?」
気付けば、祭壇の前にいたはずの自分は教会のキッチンにいる。
洗い物を終え、身に着けていたエプロンを外す――といった仕草の状態だったのだ。
「な、なんで?」
自分の身に起きたことに訳が分からないといった表情を見せるが、彼女はすぐに一言呟いた。
「……時間が戻っている?」
そう呟いた彼女は早い足取りで祭壇へと向かう。
「おや、どうしました?」
そこには掃き掃除をしていた教会長アルドナの姿がある。
同じだ。
時間停止が起きる数分前、彼女が見た光景と一緒。
洗い物を終えた自分は他の聖職者達と同じく、教会の清掃を行おうとしていた――その時見た光景と全く一緒なのである。
怪訝な表情で彼女を見る教会長アルドナに対し、驚きの表情を見せ続ける聖女ディアナ。
次の瞬間、視界の端にカーラの姿が映った。
「わひゃああ!?」
カーラの叫び声と水の入った桶が床に落ちる音が教会内に鳴り響く。
「おやおや、大丈夫ですか?」
続けて、転んだカーラを心配するアルドナの声が続く。
「怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
転んだカーラとアルドナのやり取りを見つめるディアナの目は、依然と点のまま。
まさしく「訳が分からない」を象徴しているような表情だった。
「先ほどからどうしたのです? 具合でも悪いのですか?」
「あ、いえ」
彼女の様子に気付いたアルドナが問うと、ディアナは正気に戻る。
そして、彼女はアルドナに自身が経験したことを包み隠さず語った。
「時間が止まっていた? しかも、時間が巻き戻った?」
「ええ、間違いなく」
時間が止まっていた、時間が巻き戻った、などと荒唐無稽にもほどがある話を聞かされたアルドナは一瞬だけたじろぐ。
しかし、すぐ冷静さを取り戻すように自身の顎を撫でながら「うーむ」と唸った。
「貴女が嘘をつくとは思えませんからね」
これまで誠実で真摯に職務を遂行してきた上、聖女という立場がディアナの話に信憑性を持たせたのだろう。
彼女をよく知るアルドナは「俄かに信じがたいが信じるしかない」といった雰囲気を醸し出す。
「貴女以外、全員が時間停止の影響を受けていたのですか?」
「はい」
ディアナが質問に対して頷くと、アルドナもまた頷いた。
「女神様の加護を持つ貴女だけは時間停止の影響を受けなかった。しかし、時間が巻き戻る現象には影響を受けた……。これはどう考えるべきでしょうか?」
「神、あるいは神と対をなす存在による御業としか考えられません」
世界の時間を停止し、更には時間を巻き戻すなど『神』以外に成し遂げられる存在はいない。
しかし、同時に『神』と対をなす存在もまた同じ行動を起こすことが可能だろう。
ディアナの返答を聞きながらも、アルドナは女神像を見上げる。
「女神様による奇跡の行使か、あるいは何者かによる邪悪な手段が行われたのか」
問題はどちらか、だ。
善か悪か、光か闇か。
情報の少ない彼女達は判断に迷う。
「女神様との交信を試みましたが……」
「ダメでしたか?」
「ええ。いつもの『あー』とか『う"ー!』という声も聞こえませんでした」
「うーむ……」
ディアナとアルドナの会話を聞いていたカーラは、小さな声で「それって女神様の声なの……?」と漏らした。
「では、聖女としての感覚はどうでしょう? 時間が停止していた中、何か感じましたか?」
「邪悪な気配は感じませんでした。むしろ、神聖さ……。女神様と交信をしている際に感じる感覚に似ていましたね」
ディアナは「明るい感じ」「脳みそに光が差し込む感じ」と自身の感覚を告げる。
カーラは小さな声で「脳みそに光……?」と呟きながら首を傾げた。
「ふぅむ……。現状ではまだ判断できませんね」
「そうですね。また同じ現象が起きるかどうか……」
光か闇か、どちらの影響なのか判断できなかった二人は一旦保留という決断を下した。
保留にはしたものの、ディアナは翌日の朝に再び女神との交信を試みることに。
身を清め、衣服も洗濯したばかりの物に着替えて――さぁ、交信するぞ! と気合を入れた時だ。
「失礼! 教会長はおられるか!?」
教会内に飛び込んで来たのは鎧を身に着けた騎士だった。
鎧には近衛騎士を示す紋章があり、同時に王城からの遣いという意味が含まれていることも察することができた。
「どうしました?」
奥からアルドナが姿を現すと、近衛騎士は「ああ!」と安堵する表情を浮かべた。
「教会長アルドナ殿、国王陛下より至急登城して頂きたいとお言葉を預かっております」
「陛下が?」
アルドナはディアナに顔を向けた。
彼の視線には「もしかして、昨晩の?」と「時間停止による件か?」と訴えるような色がある。
「承知しました。共に行きましょう」
アルドナは近衛騎士と共に教会を出て、話がしたいと言う王の元へ向かった。
「ディアナさん、教会長が外出したんで屋台で肉キメに行きませんか?」
「申し訳ありませんが、私は女神様との交信を行いますので……」
「そうですか。じゃあ、一人で――」
「私の分の肉肉サンドを買って来て下さい。ニンニク肉キャベツマシマシ、でお願いします」
「分かりました」
可愛い新人を見送ったあと、再び真剣な表情を浮かべたディアナは女神との交信を試みる。
が、ダメ!
やはり何度やってもダメ!
新人が買って帰ってきた肉肉サンドを食い、口の周りにソースをつけた状態で試みてもダメ!
「どうして……。女神様、どうしてお言葉を返してくれないのですか……?」
ディアナは女神像を見上げながら呟くが、すぐに顔を俯かせてため息を零す。
ニンニク臭い息が漏れた直後、教会のドアが開く。
振り返ると教会長アルドナの姿があった。
「おかえりなさい。……どうかしました?」
眉間に皺を寄せる彼の顔を見て、ディアナが声を掛けると――アルドナは真剣な表情でディアナに告げる。
「勇者が誕生しました」
※ あとがき ※
ここまで読んで下さりありがとうございます。
先日のあとがきでもお知らせした通り、ストックがほぼ無いので毎日投稿は終わりになります。
今月中には続きを投稿したいと思っていますが、商業関係と本業のスケジュールもあるので断言はできない状況です。すいません。
最後に、当物語が面白いと思ったらフォローやレビューで応援してくれると、作者のモチベーションも上がって更新速度も上がると思いますので是非ともよろしくお願いします。
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