第10話三人での話し合いって誰かが言いたいことを言えずにいるもの…
「誰だと思う…?」
怖気付いているような情けない言葉が口から漏れ出てしまい僕らは息を呑んでいたことだろう。
「まさか…ね?」
硝子も驚きで声が少し震えているようにも思える。
その行動によって玄関先にいる人物を透視することなど不可能なのだが…
僕は玄関の方へと自然と視線を向けていた。
「えっと…熊野さんだった場合はどういう対応が正しいとかってある?」
僕は恐る恐る硝子に尋ねており彼女も苦々しい表情を浮かべて応えていたことだろう。
「うん…居留守は絶対に駄目だと思うからすぐに応答したほうが良いと思うけど…
万が一違う来客の可能性もあるからモニターで確認してからのほうが良いんじゃない?」
硝子は当然のことを言っていたが…
この時の僕らは恐怖心により確実におかしなテンションに見舞われていたし冷静ではなかったことだろう。
さも当然の言葉を重要なアドバイスと捉えた僕は硝子に一言告げて席を立つ。
リビングのモニターですぐさま対応をすると…
相手は当然のように熊野エリだった…。
「はい…どう致しましたか?」
他人行儀な言葉で対応する僕に熊野エリはにこやかな笑みを浮かべている。
「831先輩から聞いていますよね?」
「………そうですね。それで…?」
「少しお話したいです」
「………わかりました。今行きます」
モニターでのやり取りを終えた僕はその足で玄関へと向かっていた。
ドアには念の為チェーンロックを掛けて…
「はい…話って何でしょう?」
「なんでチェーンしているんです?」
熊野エリの笑顔が不気味に思えて仕方なかったが…
きっと僕の思い過ごしだっただろう。
失礼に当たると思った僕は一度ドアを閉めてチェーンを解除する。
再びドアを開けると熊野エリは二度目の挨拶をしてくる。
「誰かに聞かれると嫌なので玄関に入れてもらってもいいですか?」
「どうぞ…」
昨日出会ったばかりの隣人を不用心にも家の中に入れてしまった僕だった。
「改めまして。お菓子工場所属のVTuber
不作之831先輩の後輩なのですが…
お二人の絡みが大好きで…
先程の第二弾コラボも楽しく拝見させて頂きました。
失礼ながら一輝先生の配信部屋と私の寝室が隣り合わせなのか…
配信の声が漏れ聞こえてきまして…
壁に耳を押し付けて聞き入ってしまいました。
あの…もし良かったら第三弾コラボは…私も混ぜてほしくて…
お二人と一緒に配信がしたいんです…
もっと砕けた言い方をすれば…二人と仲良くなりたいんです…
どうですか…?」
熊野エリの素直に思える熱意を耳にして僕は何を思っただろうか。
とりあえず一番に思い浮かんでいたのは硝子を安心させることだっただろう。
「まだ不作之831と通話を繋げている状態なんです。
良かったらリビングで話ませんか?
作業部屋からスマホを持ってきます。
不作之831を含めて三人で話し合いましょう」
「いいんですか…!?」
熊野エリは確実に目を輝かせて喜びを表現しているようだった。
僕はもちろんとでも言うように力強い笑みを浮かべて彼女を歓迎していた。
リビングに熊野エリを通した僕は作業部屋へと戻っていた。
スマホを手にすると通話中の硝子を安心させるために口を開いた。
「硝子…?大丈夫だったよ。
熊野さんが言うには僕らとコラボしたいんだって。
僕らのコラボ配信のファンらしい…」
「そうなんだ…同僚に観られていたと思うと少し照れくさいな…」
「まぁまぁ。好印象を抱いてもらえたんだから。
それで今…熊野さんはリビングに居るんだけど…
三人で話し合いをしようよ」
「えっと…何の?」
「熊野さんは三人でコラボしたいんだって。
僕は別に構わないって感じたんだけど…硝子は?」
「うん…私も構わないけど…」
硝子は少しだけ歯切れの悪い返事をしていたが…
その感情の正体を僕が知ることは現時点ではなかった。
確かな違和感がある反応ではあったのだが…
この時の僕は硝子とコラボ配信が出来るのであれば…
もっと言うと硝子と少しでも関わりが持てるのであれば…
どの様な形でも構わないと思っていたのだ。
しかしながら硝子の想いとは若干違っていることを僕はまだ知らない。
閑話休題。
スマホを持ってリビングに向かった僕はソファで腰掛けている熊野エリの眼の前のテーブルにそれを置いた。
「先に話していてください」
熊野エリに声を掛けてキッチンへと向かった僕だった。
熊野エリは楽しげに会話をしているようで僕の下まではしゃいだ声が漏れ聞こえてきていた。
来客の熊野エリのために飲み物とお茶菓子を用意してテーブルへと運ぶ。
そこから僕らは三人でのコラボ配信の話を詰めていくのであった。
「第一弾のゲームって四人までなら同時で出来ましたよね!?」
熊野エリは確実にテンションが上っているようでウキウキとした表情で口を開く。
それに対して硝子はかなりクールに応えていて僕は少しだけ不思議に思っていた。
もしかしたら僕以外の前ではクールに徹しているのかもしれない。
それはキャラ付けだったかもしれないし…
これ以上踏み込んでほしくないと言うバリアだったかもしれない。
そのどちらでもあったかもしれないが…
僕が知る必要も知る術も今のところはなかったのだ。
「出来たね。前回は二人だったから結構簡単にクリアできたよ」
「ですよね!?私キャラ操作下手なんで絶対に足引っ張りますよ!」
熊野エリは何故かゲームが下手なことを自慢するように言っており僕は苦笑していた。
その反応を感じ取っていた熊野エリは僕らに言い聞かせるようにして口を開いた。
「いやいや!よく考えてください!
一人下手な人間がいるだけでかなり難易度上がるじゃないですか!
ヘイトは私に集めていいので!
クリアした時…必ず盛り上がりますし…
もしかしたらトレンド入りですよ!?」
「言いたいことは分かるけど。
同じゲームでリスナーさんは喜ぶ?
新鮮味足りないんじゃない?」
「確かに…それならば良い考えがあります!
最高難易度のモードでやりましょうよ!
そこに足手まといの私がいたら…
かなりの数のリスナーさんはイライラすると思います。
でも…!
クリアした時の達成感は私達もリスナーさんも必ず一緒に共有できますよ!
ヘイトが私に向かって炎上したとしても…私は歓迎です!
ゲームが下手って理由だけで炎上するなら怖くないですから!
むしろ個人配信の時に興味本位で観に来てくれるかもじゃないですか!」
かなりプラス思考でポジティブ全開の熊野エリの勢いに僕も硝子も気圧されていたことだろう。
僕は賛成するように優しい笑みを浮かべて頷いていた。
硝子も仕方無さそうに渋々了承の返事をする。
「もしも加賀ちゃんが炎上しそうになったら私が止めるから。
コラボするならこれが条件ね」
「831先輩…優しすぎます…ありがとうございます!
私、全力で頑張りますね!」
「少しは肩の力抜きなさい。
そうじゃないと長く活動する中で何もかも嫌になっていくわよ」
「はい!ご助言ありがとうございました!」
「じゃあ私は夜の配信の準備するから。一輝先生も今日はごめんなさい。
寝坊なんて初めてで…今後は無いようにします」
不意に僕に話題が向いて…
僕は硝子と元恋人という関係を熊野エリに悟られないようにぎこちない返事をしたのであった。
通話を終えるとスマホを充電器に差し込んで熊野エリと向き合っていた。
「一輝先生のイラスト…いつも拝見させていただいております。
いつも勇気をもらっています。ありがとうございます」
何故か感謝を告げられて僕は照れくさそうに微笑んで見せる。
「カンナさんのパパですもんね。私カンナさんの見た目大好きで!
昔から絵が上手だったんですか?」
「どうですかね…全然報われない時期もありましたし…
今の立場になれたのは本当に偶然で…
だから沢山の活動を通して飽きられないように努めていますね」
「凄いです!やっぱりプロ意識が違いますね」
「そんなことは…僕にだって邪な思考や打算的な考えがありましたし…
今の立場になれたから…
自分で言うのも恥ずかしいですが…プロ意識が芽生えたんだと思います」
「恥ずかしくなんて無いですよ。私も見習って頑張ります!
それと…」
熊野エリは最後の言葉を少しだけ遠慮がちな表情を浮かべて伝えてこようとしていた。
「なんでしょう?」
先の言葉を促すと彼女は恐る恐ると言った表情で口を開く。
「引っ越したら隣が一輝先生だったって配信で言ってもいいですか?
絶対に住んでいる場所を特定されたりしないので…
駄目でしょうか?」
僕は必死で売れようとしている熊野エリの気持ちが完全に理解できてしまったので…どうしようもなく許可していた。
「ありがとうございます!では早速夜の雑談配信で話しますね!
これから準備に入るので…お邪魔しました」
熊野エリは感謝の言葉を告げるとそのまま玄関へと向かい隣の家へと帰っていくのであった。
そして…
夜の配信にて…
「偶然なんだけど引越し先の隣人が…あの一輝先生だったの!
めっちゃ紳士的で格好いい男性だった!
まじでやばいんだけど!
これって運命だと思う!?」
熊野エリはリスナーに問いかけていてコメント欄は少し荒れており…
しかしながら確かに盛り上がっていた。
「一輝先生。最近お菓子工場と絡み多いな」
「不作之831ともコラボしていたしな」
「まさかのハーレム!?」
「うらやま…」
「特定班は何処に行った!?」
「ワイは一輝先生とお菓子工場の絡みをもっと観たい」
「カンナちゃんのパパやんな?」
「一輝先生とコラボしたら数字増えそうな人多くね?」
「お菓子工場の発展のために嫌な気持ちになる人も少しの我慢やで」
「箱自体が大きくなったらもっと所属Vも増えるやろ」
「即ち推しが増えると」
「ワイらに取っては得だらけやで」
「せやな」
コメント欄は確実に盛り上がっており加賀烏も嬉しそうにコメントを拾っていた…。
一方その頃…
「加賀ちゃんと一輝先生と裏で話したんだけど。
今度三人でコラボするかも」
不作之831はいつもより少しだけ不機嫌そうに思えて仕方がなかった。
コメント欄のリスナーもそれに気付いているようで…
「831ちゃん…なんかキレてね?」
「不機嫌?」
「ちゃんと休んだほうが良いよ」
「なんかあった?」
「話聞くよ?」
「大丈夫?」
不作之831のリスナーには杞憂民が増えており僕は選択を間違えたのでは…
と心の底の方で本日の出来事を振り返っていたのであった。
作業を進めながら彼女らの配信に耳を傾けていると…
「一輝先生って恋人いると思う?」
「加賀ちゃんって一輝先生のこと好きだと思う?」
同時にその様な言葉が耳に届いて…
僕は思わず作業の手を止めてしまう。
二人のその一言により…
僕も予想していなかった出来事が起ころうとしていたのであった。
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