第9話コラボ第二弾と突然のチャイム…
昨日のこと。
桃は一週間分の食事を作り置きしてくれると少し休んでから帰宅したのだが…
「たまには帰ってきたら?お父さんもお母さんも心配しているよ」
僕よりも幾つか離れた義理の妹に心配されている自分を少しだけ情けなくも思っていた。
しかしながら僕は仕事を中断する勇気がなく…
一日二日休むことにも恐怖を覚えていたのだ。
もし僕が休んでいる間に若い世代が台頭して実力を発揮したとしたら…
僕の座る席がなくなってしまったとしたら…
僕よりも価値のある存在が生まれて追い越していったとしたら…
休んでいる間に自らの実力が落ちてしまったとしたら…
感性が低下していったとしたら…
そんなもしものことが不安で僕は仕事を一日以上休むことが出来ずにいたのだ。
ワーカホリックと言うよりも今までの苦労を知っていて…
もうあの頃に戻りたくないと言う気持ちが強いのだろう。
蹴落とされないように自らをいつでも奮い立たせていたのだ。
ただ…この思考は少しだけ危ないことを理解していた。
心が疲弊していき…
そのまま筆を折ることになった人を幾人も見てきたのだ。
だから僕は時々作業配信やゲーム配信を通して外の世界と繋がっていたのだ。
励ましの言葉や応援を幾つも貰って自らの存在価値を確かめていたのかもしれない。
自分は世界に必要とされていると他者の言葉によってそれを感じて理解したかったのだろう。
そんな自分を少しだけ情けなくも思うが…
しかしながら僕にとっては必要な栄養補給なのだ。
閑話休題。
「お正月とか…お盆の季節に一泊すると思うけど…
それ以上は休みたくないんだ…」
僕の情けなくも思える言葉を桃は丁寧に聞いていた。
柔和な笑みで確かに頷いた桃はソファを立ち上がった。
「じゃあこれ以上お邪魔するわけにもいかないわね。また来週ね」
桃はそれだけ言い残すと玄関へと向かっていく。
僕は帰り際の桃にしっかりと感謝を告げるとそのまま作業室に戻っていったのであった。
そして日が昇り昼が過ぎた頃。
硝子はまだ起きていないようだったが…
僕はコラボ配信の枠を立てていた。
約束の時間まで後数分を切っているが…
硝子からチャットが届くこともなく…
何度も電話をかけているのだが彼女は応じなかった。
少し心配に思っていたのだが…
これはきっと寝坊だと思いながら僕は配信のボタンを押す。
「本日も始まりました。一輝先生です。
本日は人気コラボ配信第二弾。
ということなんですが…
不作之831さんは…来ておりません。
皆様にお願いなのですが…生存確認をして頂けると嬉しい限りです…
鳩行為にならない程度の良い塩梅でお願いしたいのですが…
お菓子工場のタレントさんなどに連絡するようにお願いとかって出来ませんか…」
かなり厚かましいことを言っている自覚はあった。
しかしながら僕は他の誰かに嫌われても…
硝子の生存確認をしっかりとしておきたかったのだ。
もしものことを少しだけ想像して僕は一抹の不安を抱いていたことだろう。
「任せロリ」
「不作之831の連絡先知らんの?」
「マネに連絡してもらえば?」
「一輝先生ってお菓子工場から仕事依頼されていませんでしたっけ?
その時に連絡先とか交換しなかったんですか?」
「一輝先生も色々と手を尽くしたんだろ?
それでも無理だったからリスナーにお願いしているわけで…」
「ワイらがお菓子工場のVに文句言われたら庇ってくれよ?」
多くのコメントが一気に流れてきて僕はそれを目にしながら答えていった。
「そうなんですよ。あらゆる手段を講じたんですが…
連絡がつかなくてですね…きっと寝ているだけだと思うんですが…
コラボ相手ですし心配じゃないですか。
ですから皆様の力もお貸しくださいって話です」
僕の言葉を完全に理解したのかリスナーはSNSなどを通じて…
「不作之831コラボ配信遅刻?生存確認求む!」
「起きろ!不作之831!」
「ゆっくり休め。不作之831」
等などの書き込みを発信していた。
それに気付いたのか彼女の同僚であるお菓子工場のメンバーも反応を見せていた。
どうやら同僚も何度か電話をかけたようだが一度も出なかったそうで…
しばらくすると運営スタッフまでも反応を見せていた。
「不作之831について。
珍しいことが起きているようですね。
運営側も何度も電話をかけましたが出ませんでした。
きっと寝坊でしょう…
コラボ相手である一輝先生には多大なご迷惑をお掛けしていること…
彼女に代わって深く謝罪いたします。
今回の件のお詫びはまた後日改めまして…
またこちらから何度も電話をかけてみます。
起き次第配信するように伝えますので…
一輝先生は配信を進めてくださると助かります。
楽しみにしてくださっていたリスナー様にはお詫びを申し上げます。
申し訳ありませんでした」
運営の声明文を見て彼女に何かトラブルが合ったわけではないと理解した僕は配信の続きを始めるのであった。
「1ブロックの世界から始まりまして…
仲間と協力して世界を拡大していくというゲームなのですが…
悲しいことに私は今から一人で世界を拡大していくというわけです。
協力ゲーなので一人だと退屈に感じるかもしれませんが…
不作之831さんが来るまでコメント欄の皆様とああだこうだ言いながら進めていきたいと思います。
では始めます。よろしくお願いします」
始まりの挨拶をしてから僕はコメント欄を読みながらゲームを進めていた。
指摘や指示をもらいながらゲームを円滑に進めていた。
「普段ならあまり歓迎されない指示コメも今は非常に助かりますね。
ですが今回だけですよ?
他の人のところではお控えください。
あまり歓迎されないので。
知らない人は覚えておくと良いですよ。
推しに嫌われたくないですよね。
ですが…今回ばかりは非常に助かっております。
ありがとうございます」
丁寧な口調で少しだけ距離が近いコメント欄と真正面から向き合いながら…
一時間が経過しようとしていた。
すると通話アプリにピコッと音が鳴り…
「大変申し訳ありませんでした…寝坊により遅刻した不作之831です…
ゲームに合流してもよろしいでしょうか…」
彼女は申し訳無さそうな声色で通話に入ってきてリスナーに早速謝罪の言葉を口にしていた。
コメント欄は盛り上がって彼女を歓迎していた。
「じゃあこっちも配信つけます…本当に申し訳ありませんでした…」
彼女は配信を付けるとゲームに参加してくる。
「え…?一時間でここまで作ったの?」
不作之831は広がっている世界を見て素直に驚いていた。
僕は軽く苦笑すると事実を口にしていた。
「コメント欄の皆様が助けてくれた。めっちゃ進んでいるでしょ?」
「うん!凄いね!
私の代わりに一輝先生とゲームをしてくださり誠にありがとうございます。
ここから私も役に立ちます。
まずは何したら良い?」
「えっと…まずは…」
そこから僕らは協力をしながら世界をもっと広げていくのであった。
「今回のクリア条件って何に定めているの?」
不作之831は協力して作業を行いながら雑談も繰り広げていた。
先程まで僕はコメント欄としか会話が出来なかった。
しかしながら今はしっかりとコラボ相手である不作之831と通話をしながら会話ができている状況だ。
それが嬉しくて僕は少しだけ声がはしゃいでいたことだろう。
「ラスボス倒すまでを目標にしているけど…
確実に今日で終わらないと思う。
リスナーさんが望むようであれば最後までやりたいけど…
いかがでしょう」
僕はリスナーに問いかけるように尋ねてみると切望するようなコメントが幾つも散見される。
僕は不作之831の反応を待っていると…
「皆んな期待しているみたい。肝心の一輝先生はいかがです?」
「望まれているのであれば…喜んでまたコラボしましょう」
「やったぁ♡私も楽しみー♡」
明らかに語尾に♡が浮かんでいる不作之831の反応に対してコメント欄は少しだけざわざわしていたのである。
「やっぱり…不作之831って一輝先生のこと好き?」
「え…?じゃあ元カレって…」
「まさか…そんなわけ無いだろ。ワイら特有の妄想はやめようぜ…」
「だな…想像するだけ悲しくなるし無駄だからやめよう…」
「いずれ分かることだろ…
それまではワイらにも希望があるって期待しようじゃないか」
「あるわけ無くて草」
「わからんだろ…ワイらにだって…」
「泣けてきたからやめよ…」
少しだけ不穏な空気に包まれているコメント欄を僕も不作之831も観ていたことだろう。
コメントに言及しようか悩んでいると…
「今日のコラボは二時間を予定していたんですが…
私の寝坊で一時間しかコラボが出来ませんでした。
申し訳ありません。
この埋め合わせはまた後日。
一輝先生とスケジュールの相談などをして告知しますね。
そろそろ配信も終わりの時間が近いですけど…
一輝先生は大丈夫ですか?
何か言い残したことややり残したことはありますか?」
不意に不作之831はコラボ配信を終わらせようとしていて僕は少しだけ面食らっていた。
特にコラボ時間の指定などは無かったはずなのだが…
不作之831は下の方ををチラチラと覗いているようで…
その姿はスマホを確認しているようにも思える。
何か不都合があったのか急な予定が入ったのか…
僕にはわからなかったが不作之831が配信を閉じたがっていることだけは理解できた。
それなので乗っかる形で僕は配信を閉じることを決める。
「はい。では次のコラボの告知はSNSで発信します。
今日は少し短い時間でしたが…
皆様のお陰で退屈せずに済みました。
本当にありがとうございます。
次の配信もお楽しみに。
それでは不作之831さん。
今日も本当にありがとうございました。
ではまた」
そこで僕は配信停止ボタンを押す。
遅れて不作之831も配信を終えただろう。
しかしながら僕らはまだ通話を繋いだ状態にあり。
硝子に何が合ったのか尋ねると…
「同僚の娘が…一輝先生の正体に気付いた。
とかチャットを送ってきて…
どういうことか尋ねたら…
一つ聞くけど…隣に熊野エリって女性が引っ越してこなかった?」
僕は昨日の出来事を思い出しており…
確かにその女性が引っ越してきたことを思い出していた。
「あぁー…昨日引っ越してきた…」
「やっぱり…
昨日の引っ越しの挨拶で何か引っかかりを覚えたみたいで…
勘の良い娘だし…ストーカー気質というか…ヤンデレ気味でね…
壁に耳を押し当てていたら私達の配信の声が聴こえたみたいだよ…
迷惑掛けないように言ったけど…
凸って来たりしたら無視して…
同僚が迷惑かけるかもしれない…本当にごめん…」
「僕のファンってわけでもないでしょ?気にしすぎだよ。心配ない」
「そうだと良いんだけど…」
そんな会話を声を沈めてしていると…
不意に家のチャイムが鳴り…
僕と硝子は完全に心臓をドキリと跳ねていたことだろう…
次回…突然のチャイムと来客…!?
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