第7話深夜から朝にかけての出来事

深夜に差し掛かった頃だ。

僕と硝子は二人きりで彼女の家のリビングのソファに腰掛けていた。

これから何が始まってしまうのか…

先程の硝子の艶めかしい表情を思い出して息を呑んでいた。

しかしながら恋人同士でもない僕らにその様な展開が待っているわけもなく…


「眠くなるまで映画でも観ようよ」


硝子の提案に乗る形で頷くと彼女はテレビのモニターに内蔵されている機能を操作していた。

そのままサブスクの動画配信サービスのアイコンをタップして映画を検索している。


「懐かしくない?よく一緒に観たでしょ?」


画面には僕らが交際していた頃に何度も繰り返し観たお気に入りの映画が映し出されていた。

別れてから僕はその映画を一度も観ることが出来ずにいた。

観てしまったらきっと硝子との日々を思い出して心が苦しくなってしまうだろう。

それが予想できていたので僕はお気に入りの映画でも別れてからは観ることが出来ずにいたのだ。

しかしながら今なら…

硝子と二人でなら…

僕らの思い出の映画を一緒に観ることが出来るだろう。


「そうだね。久しぶりに観ようか」


僕の何気ない一言で硝子は不意に先程以上に表情をぱっと明るくさせていた。


「どうしたの?」


続く言葉を投げかけてみると硝子は嬉しそうに微笑んで首を左右に振る。


「うんん。久しぶりって言うから…一緒だなって思って…」


「硝子も観られていなかったの?」


「そうだね…色々と思い出してしまいそうで…」


「………」


同じ気持ち同じ理由で僕らの映画を観られずにいた硝子に…

僕はやはり運命のようなものを感じていた。

偶然ではなく…

僕らの心は確かに通じ合っていると感じたのだ。


「早速観ようよ」


硝子の一言により僕らはソファに腰掛けた状態で映画鑑賞の時間に身を委ねるのであった。




酷く懐かしい時間を過ごしていた。

僕らが交際していた頃…

自由に使えるお金も少なくお家デートが多かったように思える。

金銭的に外でデートをする余裕もない僕らは今のようにして数々の映画を観て過ごしていた。

夏の暑い日も冬の寒い日も心地良い春の日も涼しくなりつつある秋の日も。

心地の良い室内で繰り返し何度も何十本何百本の映画を観て過ごしていたのだ。


その中でも特にお気に入りの映画を観ながら…

僕らは過去を思い出していたことだろう。


画面を見ている硝子の横顔を不意に眺めて…

彼女も輝かしかった僕らの思い出に思いを馳せていたように思えて仕方がなかった。

硝子が自然に浮かべる表情が僕にとっては嬉しくて…

思わず笑みが溢れていた。


そんな僕に気付いたのか硝子も僕の方へと視線を向ける。


「なに…?そんなに見つめられたら恥ずかしいよ…」


硝子は照れくさそうな表情を浮かべて伏し目がちに薄く微笑んで見せる。

その表情を見た僕も釣られるようにして照れくささを感じていたことだろう。

視線をそらして画面に目を向ける。

そこから僕らは映画が終わるまで何処か不思議で暖かな雰囲気に包まれた中で過ごしていたのであった。



一本の映画が終わったのは酷く夜が深まった頃だった。

僕らは流石に眠気を感じており…

お互いにウトウトとしていたことだろう。

エンドクレジットを眺めている頃には二人共眠気を感じていて…

僕らは自然な流れでソファの上に寝転んでいた。

眠気故にお互いに邪気は無く誰かに咎められるような行為に発展するわけもなく…

僕らは朝日が昇ってくるまで眠りこけているのであった。




目が覚めて。

隣にいたであろう硝子の姿はなく。

彼女はキッチンに立ってお湯を沸かしていた。


「おはよう」


一番に朝の挨拶を交わすのはいつぶりだっただろうか。

お互いの言葉が声が心地よく耳から入って鼓膜を伝わる。

きっとそのまま脳へと伝わって心地よさや気持ちよさの信号を全身に発信していたことだろう。

気分の良い朝を迎えた僕らだった。

硝子は二人分のコーヒーを用意してくれていた。

リビングのテーブルの前の椅子に腰掛けた僕らはゆっくりとした時間を過ごしていた。


「またこうやって一緒の朝を過ごせて…本当に嬉しいよ」


硝子は感慨深い表情でたっぷりと思いを込めた口調で言葉を吐いていた。


「そうだね。再会できて…あの日…連絡して本当に良かったよ」


僕も僕で自らの行いを肯定する言葉を口にして柔和な笑みを浮かべていたことだろう。


「本当にね…ありがとう」


「うん…」


しかしながら僕らは続く言葉を口にする勇気が湧いてこず…

それ以上の言葉が見つからずに黙ってしまう。

どちらかが此処から先に続く言葉を口にしていれば…

今の関係は一気に変化したことだろう。

それは僕らの交際を意味しており…

だけど僕らはその言葉を口にすることが出来ず消極的になっていた。

きっとお互いに復縁したいはずなのだ。

だけど…ほんの数%の可能性を考えて…

これ以上の言葉を口に出来ずにいた。


「またコラボしたり…食事に行ったりしよう」


デートではなく食事などと言う言葉でお茶を濁す僕は格好悪かったかもしれない。

しかしながら硝子はそんな僕に嫌気が指すわけでもなく…

満面の笑みで肯定の返事をしてくれたのであった。



昼になる前に僕は硝子の家を後にした。

彼女は午後一番で配信予定があるらしく…

僕はその前に御暇したのである。


「また連絡しても良い…?」


「もちろん」


「私からも誘って良い…?」


「うん」


「また誘ってね…?」


「当然だよ」


幾つかの言葉を交わした僕らは玄関先で別れる。


何処に寄ることもなく…

無事に帰宅した僕は心を無にして作業に努めるのであった。

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