ストーリー
切り取った脚はそのままに、次は右腕の付け根に刃を当て、同じように切断し始めた。どれくらいの時間かかったか玄瀬にはわからなかったが、永遠に人間を切る「ずりずり」という音を聞かなければならないのかと自分の痛覚にさえ影響しそうだった。両腕と両脚の切断が終わると、画面の中の岡崎はゆっくりと移動し、両角の首に刃を置いた。
「やっぱり人間の個性を象徴するのは首から上だと気づいたんだ」
岡崎が言った瞬間、ノコギリは一度大きく引かれた。両角はやはり叫ぶこともなく体が動くこともない。その後、何度も引っかかりながら首を切り落としていった。
首を完全に切断すると、頭部も四肢もない身体の横に几帳面にノコギリを置き、両角の顔を乳幼児のように抱きかかえつつ、口や瞼をこじ開けて何やら確認していた。
「眼球ももしかしたら時計に使えるかもって思ったけど、やっぱり腐ってしまうからね。人間で一番頑丈な骨は歯だって調べたんだけど、長針と短針にするには長さが足りなかったし、それに両角さん、ほとんど歯がなかったんだよね」
岡崎は都度動画に解説を添えるが、玄瀬はこみ上げてくる吐き気を戻すために何度もつばを飲み込んでいた。
映像の岡崎は両角を机に置き、彼の額にトンカチを振り下ろしていた。もう目を背ける気力がない。画面上の狂気が玄瀬に感染してしまった。
頭がぱっくりと割れた両角はそこからまたノコギリや手で肉と皮をはがれ、頭蓋骨が丸出しになった。剥がされた肉や皮、眼球は机の横に添えてある黒いゴミ袋のようなものに投げ入れられていた。そこで動画は終了した。
「スマートフォンの充電が十分じゃない状態で撮影してたようで切れてしまったんだ。僕も初めての作業だったから緊張してたんだね、きっと」
「……はどうしたんですか?」
玄瀬は口を開いたが口内に残った吐瀉物が不快でうまく話せなかった。
「うん?」
「両角さんの遺体はどうしたんですか?」
「このアトリエの近くに畑をしててね。そこに埋まっている。両角さんはこの人間時計とカボチャに生まれ変わったんだ」
このままでは岡崎に殺されて人間時計にされてしまう。なんとか結束バンドを切る方法を考えなくてはいけない。
「なんで僕なんですか」
両角の腕時計からゆっくりと視線を玄瀬に向けてきた。
「ストーリーだよ」
「は?」
「人を殺すと逮捕されることくらいわかってる。だから身寄りのないホームレスばっかり作品にしてきた。ホームレス同士でも繋がりのなさそうな方を。でもやっぱり満足できないんだ。僕がかねてからの知り合いで、ずっと悩みごとを抱えていて煩悶として生きている人はいないだろうか。悩みは人生そのもの。だからすぐに君を思い浮かべた。玄瀬くんを人間時計にしたあとは、僕はもう死刑にでも何でもなっていい」
胃が凹むような感覚がした瞬間、口から白く濁った吐瀉物が床にボタボタと流れ落ちた。途端に漂ってくる不快な臭いがさらなる吐き気を催し、焼けた喉を痛ませながら呻いた。岡崎の正気と狂気が混ざった言葉は、玄瀬を生かす選択肢がないことを告げていた。
こんな死に方をするくらいなら、美奈穂と会って告白し、断られたとしてら無理やり襲って自分のものにすればよかった。涙がにじみ出てくる。死ぬのが怖くて泣いているのではなかった。美奈穂ともうやり直す可能性がなくなったことが玄瀬を暗闇に包み込んでいた。
岡崎が差し出した画面は暗くなって。あごに吐瀉物の滴のついた玄瀬の顔が映った。心臓の鼓動が大きく一度収縮した。
まだ死ねない。短めの前髪を七対三の割合にし、サイドは六ミリのツーブロック、頭頂部はワックスで少しだけボリュームをつけた髪型、そして老けないように顔を保湿し、食べるものにも気を遣ってきた。すべては美奈穂が「好き」と言ってくれていたあの頃の自分のままでいられるように努力してきた。おかげで卒業アルバムと現在の自分を比べても全く変化がない。玄瀬は何度も咳払いをして喉に引っかかっている吐瀉物の欠片を吐き出した。絡まっていた声が元に戻った。まだ死ねない。美奈穂に一目会いたい。美奈穂と結ばれたい。結ばれるんだ。
岡崎は吐瀉物をアトリエの床にまき散らした玄瀬を見ても表情を変えなかった。吐息交じりの声を漏らしながら立ち上がり、アトリエの隅で何かを取りだしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます