第14話

「いちこ……ごめん……私のせいなんだよな。私が余計なことをしたからあの男は……いちこ、ごめん……」

 

 単に謝るつもりが、知らないうちに涙を流していた。止めたくても止まらない。

 本当にタオルでも持ってくればよかった。今涙を拭えるのは素手の手しかない。

 目に前にはいちこが被っている、保健室の備品の布団がある。

 大きすぎるけど、少し拭くくらいなら……いちこの被っている布団は使っちゃダメだろ。

 

「ななちゃんお願いだから、謝らないで。悪いのは私だから……私ななちゃんに最低なことをしたから……」

 

「いちこが私に何したって言うんだよ。いちこは何も悪くないよ。全部私のせいだよ。せっかくいちこが相談してくれたのに……私何もしない方がよかった……」

 

 せっかく涙が止まりかけていたのに。いちこが話すのなら私も話すしかない。口を開くたびに目には涙が溜まっていた。いちこは相変わらず、私に背を向けている。それでいい。今の顔をいちこには見られたくない。泣いている姿なんて恥ずかしいものを。

 

「ななちゃんは怒ってないの?」

 

「怒る? 何で。私がいちこに怒る要素なくないか」

 

「……だって、体育館裏に呼び出したのに、私いなかったから」

 

「そんなことで怒らないよ。あの男に無理矢理言われたんでしょ。だったら、いちこは何も悪くないじゃん」

 

 いちこは身体を起こして、私の方に向いた。

 まだ涙が止まっているわけじゃないから、見ないで欲しいけど、顔を向けたいちこも涙を流していた。お互い様なら、見られてもいいか。

 泣いてもずっと1人だったから、誰かに泣いている姿を見られるのは初めてだ。最初に見られたのがいちこでよかった。

 

「ななちゃん、私のために色々してくれたのに、私ななちゃんが嫌がることをした」

 

 いちこも感極まって、私に抱きつくなり、大粒の涙を流していた。そんないちこを優しく抱きしめる。震えている身体を慰めるように静かに撫でる。

 

「もう、気にしないで。さっきも言ったけど、いちこはなにも悪くない。悪いのはいちこを振ったあの男だよ」


 身体の震えも流す涙も止めて、顔を上げたいちこが言う。

  

「ななちゃん何か勘違いしている。私、告白してないから振られてないよ」

 

「え? どう言うこと?」

 

 いちこが泣き止んでくれたことはよかったけど、慰めている私の言葉とかじゃなくて、私の勘違いとは……なんか複雑な気分だ。

 

「だから私告白はしてないんだよ」

 

「え? じゃ、じゃあ、あの日なんであんなに泣いていたの?」

 

 目に溜まっていた最後の涙を布団で拭って、私の胸から離れて、ベッドの上に座る。

 

「あのね。ななちゃんとはぐれてから2人で話をしていたんだけどね。その……大黒君がななちゃんのこと好きだったみたいでさ、ななちゃんの話をずっとしてたの。そんな話を聞かされたら、大黒君に告白なんてできないでしょ。大黒君はななちゃんのことが好きなのに、私が邪魔するわけにはいかないなって思っていたら、勝手に涙が出てきただけだよ。だから、ななちゃんは何も悪くないんだよ」

 

 つまりは私が、あの男に関わりを持ちすぎたから、自分が好かれていると勘違いしてしまったと言うことだろう。悪いのは私だ。

 

「いちこ……それって、私があの男に話しかけるようになってからの話だよな。だったら、いちこの恋を邪魔したのは私だよ」

 

 いちこは首を横に振った。

 

「ううん。1年の頃からななちゃんのこと気になっていたらしいよ。一匹狼なところがかっこいいって。私なんて眼中になかったよ」

 

「それ私褒められているのか」

 

「多分……。それにななちゃん。あの男じゃなくて大黒君! ななちゃんって本当に人の名前覚えるの苦手だよね」

 

「大人になれば仕事に追われて、中学や高校の同級生とはほとんど会わないらしい。忘れてしまう人のことを覚えていても仕方ないだろ。まあ、誰が何をしようが興味もないけどな」

 

「じゃあ、ななちゃんは大人になったら、私のことも忘れてしまうの?」


 いちこは寂しげな笑顔を向けていた。

 そんな顔を向けないでほしい。私だって好きでしているのではないのだから。

 

「いちこのことは忘れない。美術部に入るまでずっとしつこく追いかけられたから」

 

「そう言うのじゃなくて。ななちゃんの言っていることも分かるよ。でも将来、何気なく久しぶりに会った時に、昔こんなことがあったね。って話せたらそっちの方が楽しくない? だから私はみんなのことを覚えていたいな」

 

「友達多くないのに?」

 

「多くないは余計。いいんだよ。みんなから相手にされていないことくらい知っているから。それでも忘れてしまうのは寂しいから。私だけでも覚えていたいんだ」

 

 いちこの言っていることももちろん分かっている。私にもっと上手な人付き合いができたのなら、そうの考え方だってあったかもしれない。でも、私はいちこ以上に人が嫌いだ。誰がイケメンだとか、誰が可愛いとか、くだらないことしか話さないクラスの人間が嫌いだ。そんな話を聞くくらいなら1人でいる方が時間を無駄にしない。寂しい生き方かもしれないけど、合理的な生き方だと言ってほしいね。

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