第13話
スマホの写真を見たいちこは顔を青く染め、こう言った。
「もう逃げないので、その写真だけは消してください」
「本当に逃げないんだな」
「……はい逃げません」
いちこから手を離すと、いちこは裏切って逃げようとしていた。だけど、自分が転がしていた絵の具に足を取られて、目の前で派手に転んだ。ぺちんと音を立てながら。
目の前で起こったことを理解できるまで時間が掛かってしまい、しばらく放心状態だった。
「いちこ大丈夫?」
身体を起こしたいちこは、夏祭りの時くらいひどく泣いていた。右手で右足のくるぶしを押さえていて、その手をのけると、赤く腫れていた。
私が触れると。
「痛い」
と言っていた。
「いちこ。背負うからゆっくり立てる?」
足を痛めるのは初めてなのだろうな、ずっと前に座ったまま立ち上がろうとできていない。
「大丈夫だから! 放っておいて!」
いちこは意地になっていた。何がなんでも手伝うことを嫌がっている。
でもいちこ、そんな足で歩けないだろ。足を痛めたのなら、何も言わずに頼ってくれたら、私も何も言わずに手伝うのに。
「大丈夫じゃないだろ。ほら、保健室行くぞ。肩かして」
いちこが、答えを出せずにうずくまっているうちに、絵の具を全て片付けて、いちこの荷物を右手に持つ。
「いちこ、立てる?」
「……」
いちこは何も言わずに立ち上がった。あろうことか、引き摺りながら勝手に歩き出した。
「いちこ、1人で行くのは危ないよ。連れていくから、肩貸して」
私がいちこに触ろうとすると、いちこは私の手を強く振り払った。
「やめて! 私ななちゃんに酷いことしたのに、友達の資格なんてないよ……お願いだから放っておいて!」
そんな涙目で言われて放っておける奴がいるのなら、そいつの性格が相当捻くれていると思う。泣いている人を放っておけるわけないじゃんか。
「……いちこ……私もいちこに謝らないといけないことがある……でもその前に、保健室に行かないと! 運動神経がクソ悪いいちこが、3階からどうやって1階の保健室に行けるの!」
いちこの反論はまるで子供のようなものだった。頭は悪くないのだけど、感情的になったいちこは頭が回らないのだ。
「そんなのわからないじゃん! 歩けるようになるかもしれないじゃん!」
うん……もはや言い訳にも値しない、全く根拠のない物言い。
無理矢理でも連れていくしかないか。
「いちこ、身体持つよ」
足を痛めているいちこに追いつくのは容易い。
「ちょ! 何するの! 離して!」
ひたすら文句を言っているいちこを左手で抱えて、保健室に行った。
「軽い捻挫だね。安静にして冷やして、痛みがあるのなら、夜は足を挙げて寝たらマシになるよ。包帯は毎日変えたほうがいいから、巻けなければ放課後にでも保健室に寄ってくれれば毎日巻いてあげるよ」
「……ありがとうございました。明日からもお世話になります」
養護教諭は職員会議を理由に、保健室を後にした。私といちこの2人きりになってしまった。
あんなことを言ってしまったから、無理にでもいちこに謝らないといけないけど、いざその場面になれば恥ずかしいな。
「親が迎えに来るまで、ベッドの上で休んでいたら」
話を切り出せなくて、違うことしか言えなかった。
「……いいよ」
「先生が安静にして足を挙げといた方がいいって言ってたじゃん」
「大丈夫だから。1人でなんとかするから。放っておいて」
「いちこ、自分が言ったこと忘れているな」
「何……知らない」
「いちこが私を美術部に勧誘した時のこと。あの時も私も今のいちこみたいに「放っておいて」って言っていた、でもいちこは、私に話しかけるのをやめなかっただろ。私の言うことを聞かないのに、私がいちこの言うことを聞くわけないじゃん」
少し意地悪だったかな。でも、私はこの方法しか知らない。今までこんなことがなかったから、どうすればいいのか分からない。
「何それ……」
あー、なんて返すのが正解なのだ。経験ないのだから、返答に困るようなことを言わないでくれよ。私が人間関係を築くの下手だって知っているくせに。
「ほらベッド行くぞ」
私が取った行動は、いちこを無理矢理ベッドに運ぶことだ。
「いいって、本当に大丈夫だから」
「危ないから暴れないで」
「そっちこそ、何持ち上げようとしているの?」
「いちこ軽いから持ち上げられると思って。それに意地でも動く気がなさそうだから」
「意地でも動く気ないよ! 勝手に運ばないでよ」
「でも、2つしかない丸椅子を1つ占領していたら、怪我した人が来たときに先生が困るだろ。ベッドで休んでいる方がいいよ」
痛いとこをつかれたのか、言い返せなくていちこは黙って俯いていた。
私は昔、保健室に入り浸っていたから知っている。丸椅子は最大8個あることを。でも、今のいちこには内緒だ。
「そんじゃあ、ベッドに行こうか」
いちこの身体を無理矢理抱き抱えた。
「ちょ、ちょっと! 下ろして!」
「暴れるなよ。落としたらどうするんだよ」
「いい。もういっそのこと落として!」
「怪我しているんだから、今だけは甘えろよ」
そんな会話をしているうちにベッドの上に着く。
「下すぞ」
ベッドに下ろしたいちこは、頭まで布団を被って私は背を向けて左側を向いて横になっていた。
話をするのなら今だろう。いちこは背を向けてくれているし、顔を直接見ないのだったら恥ずかしさも半減だ。
「……いちこ……」
「何も言わないで!」
いちこは怒っているのだろうか、今まで1番大きな声を出した。なんならいちこと話をするようになって1番大きな声かもしれない。
それでも私は強行突破を選ぶ。
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