第12話

 夏休みが明けて、文化祭が終わった放課後。私は何故か、いちこに体育館裏に呼び出された。で、行ってみると、いちこが好きだったあの男がいた。

 文化祭の放課後。体育館裏。いちこに呼び出されたのにあの男がいる。夏祭りのいちこの涙。バカな私でも、この後に何が起こるのかは想像ついた。

 絶望。そんな感情よりも先に、いちこの感情を踏み躙ったこの男が許せなかった。それと私も。

 いちこの恋を応援するとか言っておきながら、私は邪魔しかしていなかったのか。

 あの男の話は未だに思い出せない。多分告白されたのだろうけど、どんな会話をしていたのか記憶がない。覚えているのは、私がいちこの邪魔をしていると分かった時に、男の話を聞かずに「ごめん。帰る」と言って、無視して帰ったことだけだ。

 帰り道ぼーっとしていたけど、頭の中はいちこにどう謝ろうかと考えていた。

 メッセージを何度打ち直しても、正解が分からなかった。電話で謝ろうか。直接謝った方がいいのだろうか。とりあえずメッセージを送った方がいいのかな。

 いちこは今何をしているのだろう。メッセージも電話も迷惑だろうか。

 私は臆病だ。友達が傷ついているのに、何1つ助けることができなかった。

 それからいちことは連絡も取らなくなったし、学校でも話ことはなくなった。

 話すことがなくなったと言うか、いつもはいちこが私に会いに来ていたけど、それがなくなって会いも話もしなくなった。

 今度は、私がいちこを追いかけていたけど、昼休みも休み時間も、いちこはいち早く教室からいなくなっていた。放課後も、美術室に行けば会えると思っていたけど、いちこはいなかった。1週間経っても、いちこには会えなかった。

 メッセージを送っていちこと約束を取り繕うかと送ってみるも、既読無視。いちこと完全に疎遠になってしまった。

 私はまた1人に戻った。いちこは人見知りなのに、クラスのみんなとうまく過ごせているのだろうか。私よりはうまく人間関係を築けるいちこだから大丈夫か。前にトイレでも、知らないやつと話をしていたし、私と違って友達がいないわけではないからな。

 放課後になったけど、まだ帰りたくなくて屋上で1人日向ぼっこをしていた。

 今までは用もないから1番に帰っていた。いちこが私に用事を作って、私は帰る時間が遅くなった。暇な時間が楽しい時間になって嬉しかった。のに……。

 コンクリートだから寝そべるには硬いな。今度から来る時には、タオルでも1枚持ってこよう。今は夏だから、少し暑い。秋くらいになればもっと涼しくなるのだろうな。

 広い青空に透けた薄い雲がゆっくりと流れていた。屋上を吹き抜けていく風が、今日はいつもよりも心地よく感じていた。変わらない景色に飽きて1度目を瞑る。太陽は、まだまだ高い位置にいるから、視界は真っ暗ではなく、真っ白に近かった。再び目を開けると、ピントがずれてさっきまでの雲と青空がぼやけていた。

 1人は慣れていたはずなのに、どうしてか涙が溢れて止まらなかった。

 涙を流したのなんて何年ぶりだろうか。ずっと涙なんて流していなかったから、いつが最後なのか思い出せないな。

 小学校の卒業式も、クラスで話題になっていた泣ける映画を見た時も、涙腺はぴくりとも動かなかったのに……。いちこが私に取っての初めての友達だったんだ。大切なものって失ってから初めて気がつくって本当だったんだな。

 涙を制服で拭って、一息ついた私は、「帰るか」と独り言を呟いて立ち上がった。

 ここの学校の屋上は渡り廊下としての役割も兼ねている。日中は音楽室に行くのに何人も通る人がいるが、放課後になれば通る人はいない。3階から3階への用事はさほどないから。

 そんな放課後の屋上。ずっと1人だったのに、扉が静かに開いた。恐る恐る扉を開けて姿を表したのはいちこだった。

 いちこは私と目があったその瞬間に勢いよく扉を閉めて、走り去った。

 ここで追いかけないと、きっと一生後悔する。そう思って、いちこを追いかけた。

 青春の1ページ。物語なら、走って追いかけて、私が追いついて、感動的な会話を重ねて涙ながらにお互いが謝り合って、仲直りをする。

 追いかけたばっかりの私もそうことが進むのだろうと期待していた。だがことはもっと早く簡単に終わるのだった。

 そうこの時の私は、いちこが、ドや超をつけないといけないほどのドジだと言うことを忘れていた。

 私が屋上の扉を開けると、数メートル離れた位置に絵の具や筆記用具、物差しスケッチブックを廊下一面にばら撒いているいちこがいた。

 

「いちこ大丈夫?」

 

 私が近づいてきていたことに気づいてないらしく、目が合った瞬間に荷物を捨てて逃げ出そうとしていた。至近距離にいたから、いちこの腹を抱えて逃げるのを阻止した。

 いちこは私に比べて身長は低くて力も弱いから、すぐに逃げることを諦めて、おとなしくなっていた。

 

「……な、何?」

 

 私の方に顔も向けずに廊下を見ながらいちこが言う。

 分かっているくせにしらを切るつもりだろうか。これはしばらく離さない方がいいな。

 

「なんで逃げるの?」

 

 いちこは黙って、暴れたりおとなしくなったりを繰り返していた。

 このままだと埒が開かないと感じた私はいちこに1つ提案をする。

 

「いちこ。美術室でもいいから、ゆっくり話さない? もし断るのだったら、いちこが黙って描いたあの男の絵をいちこの友達に見せびらかすよ」

 

 学校にスマホを持ってくるのは禁止されているけど、私は何かあった時ように常にスカートの下に履いている短パンのポケットに入れている。だから、いちこが嬉しそうにあの男の絵を描いていた姿も絵もどちらも写真に収めている。

 もしもの時がこんなところで活躍してくれるとは、やっぱり持っててよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る