第11話

 きっとあの子の記憶違いだろう。私はそんなヒーローじゃないし、かっこよくもない。周りからも腫れ物扱いの、一匹狼だ。

 いちこはこの当時から諦めが悪かった。

 私が何度無視しても、いちこは昼休みに部活に入らないか誘ってきていた。何度か酷いことも言った。それでもいちこは諦めなかった。

 

「何回も言うけど、絵もろくに描けないやつが美術部に入っても仕方ないだろ。下手くそな人間が美術部なんて、私を学年の笑い者にでもしたいのか?」

 

「そんなこと思ってないよ。水浦さんの絵、私好きだよ。可愛い絵を描けることは知っているから、こうして誘っているんだよ」

 

 今のいちこじゃ想像もできないだろうけど、この時のいちこの積極性に私も負けたのだ。というか、この時の私は、押しに弱く、ここまで言われたら大抵頷いてしまっていた。

 

「……でも、忙しいから参加なんてろくにできないぞ」

 

「大丈夫だよ。今の美術部は私1人しかいないから、週1の参加でも大歓迎だよ!」

 

 こうして、いちこの勢いに負けた私は、美術部に見学に行くことに。そこでさらにいちこからの勧誘を受けて、半ば無理やり入部届に名前を書かされたのだ。

 この時の私は本当に推しに弱かった。



 始まりは碌でもないことでも、今ではいちこのことが大好きだ。いちこがいなかったら今の私はいないからな。諦めずに勧誘してくれてありがとうって言いたいな。

 そんな私といちこに転機が訪れたのは中学3年の夏のことだった。

 中学2年生の冬頃に、いちこから気になっている人がいると相談をされた。たまたまその男と私が、3年の時に同じクラスになってしまった。いちこには、何度も「ずるいずるい」と言われた。

 いちこに相談された手前、何もしないのはと思い、いちこの恋を応援しようと、いちことその男を何度も会わせた。その男が部活終わる時間に合わせて美術部の部活を終えて、偶然を装って一緒に帰ったり、休日に呼び出して一緒に遊んだり。いちこは恥ずかしがって、会話は進んでいなかったけど、少しずつ打ち解けていって、前進している。この時はそう思っていた。

 ある時、いちこに黙って彼と合わせていることを、いちこに問い詰められた。


「ななちゃん。暗躍しているでしょ」


 さすがのいちこでも気がついたか。

 

「うん。まあ、そうだよ。勝手なことしてごめん」

 

 対人関係をうまいこと築くのは苦手だから、ここでいちことの関係も終わりか。そう思っていたけど、いちこは目を逸らし、俯きながら顔を赤めていた。

 顔を赤く染めるほど、夕日はオレンジ色には輝いていない時間。それに、校舎の物陰に位置するこの廊下は、日がほとんど差し込まない。電灯がなければ昼間でも暗い場所だ。

 

「別に怒ってないよ。その……あ、ありがとうって言いたくて……」

 

 もしかしていちこは照れているのか。彼との接点が増えて喜んでいるのか。勝手に動いたことを怒っていると思っていたよ。

 この時だな、初めていちこをかわいいと思ったのは。

 

「そんな。お礼なんていいよ。これからはいちこに相談する。勝手なことはしないからさ、私にもいちこの恋を手伝わせてよ。嬉しそうないちこを見ていうと私も嬉しいからさ」

 

「うん。ありがとう。お願いします。ななちゃん」

 

 夏休みに入ってからも、いちことあの男を合わせるために、今までは滅多に活動してなかった、夏休み中の部活や、図書館での勉強会、映画にあの男を誘った。いちこが一歩踏み出せるようにと、夏祭りも誘った。

 もちろん私といちこは共謀していたから、いちこには目一杯おしゃれした。浴衣を着て、髪を結って、化粧もした。

 今思えば、写真の1つでも撮ればよかった。確実に永久保存版だ。

 対して、私は普段着だ。いちこにはダメだと言われたが、浴衣なんて持ってないし、いちことは身長差があるからか借りられない。レンタルをできるほどお金も持っていない。私は裏方だからこれでいいのだ。

 あの男とは南小松島駅で待ちわせた。

 あの男も甚平を着ており、私たちに見られて恥ずかしそうに頭を掻いて照れていた。

 

「と言うか、水浦が浴衣か甚平って言うから着てきたのに、当の本人は何で普段着なんだよ」

 

「私浴衣持ってないから」

 

「そんなのずるいだろ。着るの恥ずかしかったんだからな」


「はいはい、悪かったよ」

 

 いちことあの男が2人きりになれるように、トイレ後に姿を消して、2人きりで花火を見させて、2人をこっそり尾行していた。さすがの人混みでどんなことをしているのか、どんな話をしているのか。全くわからなかったけど、あの男の反応を見るに、上手くいっているんだと思っていた。

 あの男とさよならをしたいちこと、近くのショッピングセンターで待ち合わせをした。メッセージだったから、いちこの感情までは読み取れなかった。

 ショッピングセンターに現れたいちこは、笑っれいたけど、眼を赤く腫らし涙を浮かべていた。

 振られたんだと思って、何も言わずにいちこを抱きしめた。

 私の胸で心配になるくらい咽び泣いていた。私も貰い泣きしそうだった。いちこの前では泣けないと、顔を歪ませながら我慢した。

 何か気の利いたひと言でも言えたらよかったけど、こんな時の対処法を私は知らない。いちこはよく頑張ったんだって、抱きしめることしかできなかった。

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