第113話

 俺たちは早速リビングに向かった。そこでは母さんがソワソワしたように貧乏ゆすりして待っていた。


 「…ま、守君。お母さんはもしかして怒ってる?」

 「えっ?全然そんなことないけど?」

 「そ、そう、なのかな?ど、どうしよう。変なところとか、ないよね?」

 「うん。いつも通り可愛いよ?…っと、母さん!来たよ!」


 まだちょっと緊張してる里恵に俺は多少強引にでもそう言って母さんと話させることにした。…このままだとずっと踏みとどまってる気もするからね。


 「ちょっ!まだ心の準備」

 「そう。それならいらっしゃい」


 里恵の抗議は母さんの呼びかけでかき消された。…ちょっと悪いことしたような気はするけど、どっちみち挨拶するんだし早い方がいいよね?


 「ああ。…それじゃあ、行こっ?」

 「…う、うん。わ、私は!守く…守さんとお、お付き合いさせていただいております!に、新妻 里恵と申します!!この度は私のわがままにお付き合いいただきありがとうございます!!」


 里恵はそう一息で言って頭を下げた。…いや、母さんは母さんで別の方向いてるからね?ちょっとフライングなんじゃ…とは思うけど、肝心なところで失敗するのは里恵らしいな。


 「…ふふっ、こちらこそよ。さっ、顔を上げてちょうだい。私に守が選んだ彼女さんのお顔をよく見せて?」

 「は、はい!!」


 今度は勢いよく頭を上げる里恵。そんな緊張感マックスの彼女を見て落ち着いたのか、母さんは普段通りの雰囲気になっていた。


 「私が守の母の杉田 香織かおりです。息子がいつもお世話になってるわね」

 「い、いえ!私の方がお世話してもらっています!」

 「…ふふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。そうだ、せっかくお寿司があるんだから美味しくいただきましょ?」

 「は、はい!それではお言葉に甘えて」


 こうして無事に食卓についた俺たちは少し遅い昼食をとった。…でも、やっぱり里恵はまだ緊張してるのか、この前のように瞳をキラキラさせることなく静かに食べていた。


 「…こっちのもいる?はい、あ〜ん」

 「…ふぇ?で、でも」

 「それとも、俺のは食べたくない?」


 俺が意地悪でそう聞くとすぐにぶんぶんと首を振ってパクリと食べてくれた。やっぱり、せっかくのお寿司なんだし、里恵にも美味しく食べてほしいよね?


 「どう?美味しい?」

 「…そんなの、分かるわけないじゃん。恥ずかしかったよ」

 「…そっか。でも、余計な緊張はほぐれた?」

 「あっ!?…うん、ありがと」


 …どうやら無駄な力が少しは抜けたのかな?少しは自然な笑顔を向けてくれるようになった。

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