第110話

 「すぅ、すぅ」

 「…あ、あはは。寝ちゃったか」


 膝枕している里恵の髪を撫でているとそんな規則正しい呼吸が聞こえてきた。もうそろそろ時間的にもちょうどいいんだけど、このまま起こすのはちょっと…。


 …こうなったら、仕方ないよね?流石にちょっと恥ずかしいような気もするけど今さらか。そう納得した俺は起こさないように気をつけながら里恵を抱え上げた。2回目ともなれば慣れたものだよね?


 そのまま家に向かって歩いていると、今度は志多さんが前から歩いてきた。このまま何も言わずに通り過ぎるのもどうかと思った俺は軽く挨拶だけすることにした。


 「…志多さん?こんな場所でどうかしたんですか?」

 「あっ!杉田君、ちょうどいいところに。ちょっと里恵にコレを渡したくて…って、2人はナニ、やってるのかな?こんな道端で」

 「えっと、膝枕してあげたら寝ちゃったから運んでただけだよ」

 「…けどこっちって里恵の家とは違う方向だよね?どこに連れ込むつもり?」

 「?俺の家だよ。里恵も母さんに会いたいって言ってたし」


 俺がそう言うと志多さんはほんの少し考える素振りをして、呆れたようにため息をついた。


 「…うん、2人がラブラブなのはいいけど、流石にちょっとバカップル過ぎない?」

 「…あはは、やっぱりそう思う?俺も初めての彼女でちょっと舞い上がってるのかも」

 「えっ?杉田君っていつの間に里恵と付き合うようになったの?」

 「あっ!ヤバッ!?」


 …てっきり志多さんにはもう伝えているもんだと思ってたけど、そうじゃないなら失言だったな。こういうのは俺なんかよりも里恵から言ってもらうべきだった。


 「…ごめん、やっぱり俺から色々伝えるのは違うような気がするし、今のは聞かなかったことにしておいてくれないか?」

 「…まぁ、それもそうね。分かったわ。里恵が何も言わなきゃ知らないふりをしてるわね。…じゃあ、起きたらでいいからコレを渡してくれないかしら?」


 そう言って渡されたのは手のひらサイズの箱だった。その上には押しボタンが一つ。それ以外には何もなくて、別のものが入ってるような雰囲気でもない。


 「…ん、分かった。とりあえず渡せばいいの?」

 「うん、それと使い方の説明をしておくわね?もし、元カレに罰を与えたいならこのボタンを押して」

 「…えっ?」

 「それ以外なら別に何もしなくていいからって」

 「…わ、分かった」


 …押したらどうなるんだろう?そう思う気持ちと、知るのが怖い気持ちの両方がある。だけど決めるのは里恵だ。だって一番の被害者なんだから。

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