第69話

 受け取ったボール。俺はそれに全てを込めた。この一球が彼女の…希ちゃんの心にまで届くようにと願いを込めるように。


 希ちゃんは肩で息をしている。きっと勝つためにはもっとゴールに近づいた方がいいんだろう。今の彼女なら俺でもかわせると思う。


 …それでも俺は一歩も動かない。ここからシュートを放つ。希ちゃんはただボールをジッと見つめている。俺が打つシュートを止めようという意思は感じられない。


 …ドリブルをしていたボールを両手で持ち直した。胸の中心にボールが来るようにし、足は肩幅になるように左足をほんの少し調整する。指先にグッと力を入れ、一気にシュート!肘をしっかりと伸ばして、ダメ押しとばかりに手首のスナップ。


 多分人生の中で一番集中して放ったんじゃないかと思うシュートは…綺麗にリングの中央へ吸い込まれていった。シュッという音が聞こえた直後、一際大きいドンッという音が聞こえてきた。この長距離を空気抵抗以外は一切なく放物線を描いたボールが落下した音…なんかじゃない!!


 「希ちゃん!しっかりして!!」

 「…すぅ、すぅ」

 「…寝てる、だけかな?」


 急に希ちゃんが倒れ込んだ。慌てて駆け寄って確認すると、規則正しい寝息が聞こえてくるから大丈夫、なんだよね?


 流石にそのままにしておくわけにはいかないよな?…ここで希ちゃんが起きるまで待つのが一番、なのかな?それとも、念の為、救急車とかを呼んだ方が良いのかな?


 …よし!一人で考えても仕方ないよな。こういう時こそ大人を頼らないと。ここからなら俺の家よりも里恵の家の方が近いな。俺は希ちゃんをなるべく刺激しないように抱えた。


 「里恵!居る?ちょっと開けてもらいたいんだけど!!」

 「…守君?どうした…の……?……って、それ…」

 「…ごめん、ちょっと緊急でね。お母さんかお父さんは?」

 「ぅわあぁぁぁあん!!守君も寝取られた!!」

 「…ちょっ、お、落ち着いて」


 里恵はそう言って走っていってしまった。急いで追いかけたい…のに希ちゃんで両手が塞がってるし、揺らすわけにはいかないから追いかけられない。


 「あらあら〜、お帰りなさい〜。…そちらのお嬢さんは〜?」

 「ちょっと事情があるみたいなんですけど、急に倒れてしまって。…疲れて寝てるだけだとは思うんですけど、どうすればいいか聞きたいと思って…」

 「なるほど〜。そういうことなら、親御さんに伝えるのが一番よ〜。この子のご両親は〜?」

 「…分からないです」

 「そう〜。困ったわね〜。家とかも知らないのよね〜」

 「はい…。…って、そういえばかなかなさんなら分かるかも!」

 「それなら里恵の出番ね〜。…私がこの子を見てるから、守さんは里恵をお願いね〜」

 「はい、分かりました!…では、お願いします」


 …里恵は俺から逃げるように2階の、恐らくは自室に入ってしまった。どうにか話をして誤解を解かないと!俺は希ちゃんをお母さんに預けて2階に上がっていった。

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