第63話

 「守さん、ちょっとお願いしてもいいかしら〜?」

 「…お願い、ですか?俺にできることなら」

 「もちろんよ〜。ちょっと待っててちょうだいね〜」


 俺がどうすればいいか考えていると、不意にお母さんがそう言ってキッチンの方に歩いていった。そしてすぐに手に持ってお盆を持って戻ってきた。


 「里恵は何か気づかなかったかしら〜?まだこれは完成じゃないのだけど〜?」

 「えっ?…あっ!チーズがない?」

 「その通り〜!…ってことで、はいどうぞ〜」


 そう言って差し出されたお盆に乗っていたのは、円型のチーズと、それを半分に切った半月型のチーズだった。渡されるままに受け取ったけど、どうすればいいの?


 「それで耳と口を作ってちょうだいな〜」

 「は、はい。分かりました…」


 …ただ乗せるだけ。そう、分かってるはずなのに上手くいかない。失敗したらどうしよう?ソースがかかってるし、やり直しはできないと思うと手が震えてくる。


 「…大丈夫だよ。失敗しても、私が食べるから」


 そんな俺を見かねたのか、里恵は俺の手を包み込むように当ててくれた。その暖かさで冷静になれた俺は震えが収まってるのに気がついた。


 「…うん、ありがとう。でも、多分大丈夫」


 今なら失敗する気が全くしない。チーズをそっと落とすと狙ったところに、まるで最初からそうなっていたように、自然に着地した。…良かった、大成功だ。そうして最後の仕事。


 「…これ、もし良かったら里恵に食べてほしいな。最後にちょっと飾り付けしたくらいだけど、初めてやったこれは里恵にあげたい」

 「…守君。いいの?私にくれるの?」

 「もちろん!里恵のためにって、心を込めたんだよ?」

 「…うん!ありがとう!」


 …なんて、俺がやったことなんてたかが知れてるけど、今は里恵がこのハンバーグを食べれるようにすることが最優先だ!…今度、ちゃんとした料理を作ってあげたいな。


 そんなことがあった食事もその後は何もなく終わり、そのタイミングで俺は口を開いた。…これはちゃんとしないとだからね。


 「…里香さん、誠さん。報告したいことがあります」

 「守さん?…分かりました」

 「…聞こうか」

 「はい。…私、杉田 守はお二人の娘さん、新妻 里恵さんとお付き合いすることになりました」

 「ちょっ!守君!?」


 …もしかしたら反対されるかもしれない。それでも、俺にも良くしてくれた2人にはちゃんと伝えて、しっかりと祝福してほしい。


 「…えっと〜、それで?」

 「…あっ、まだ付き合ってなかったのか。僕はてっきり別の報告かと身構えちゃったよ」


 …そんな風に覚悟を決めたのに、返ってきた返事はそんなあっけないものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る