第59話
…本当ならこのまま里恵たちと一緒にいたいけど、俺はまだバイトが残ってる。というか、せっかく店長が気を利かせてくれたのに、結局一円も売ることができなかった。試合につい夢中になって、気付いたら終わってた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。里恵の意識が戻ったら、ご褒美何がいいか考えとくように伝えてくれる?せっかく勝ったんだし、お祝いしてあげたいから」
「…まー君はもう行っちゃうの?りーちゃんに自分でちゃんと伝えてから行った方がいいんじゃない?」
かなかなさんがそう言った。俺もできればそうしたいけど、これ以上店長に甘えるわけにはいかないし…。
「…俺もそうしたいんですけど、やらなきゃいけないこともありますし」
「…それって、守君にとって里恵よりも大切なことなの?」
…郷田さんはまた難しいことを!もちろん里恵が最優先だけど、その里恵の彼氏なんだって胸を張って言うためにもちゃんとしなきゃいけないのに!
「まぁまぁ。あっ、ウチにお茶ちょうだい?」
「あっ、はい。どうぞ」
「おお、ありがとう!…って、ダメでしょ!!」
「…ええ〜」
「いいか、売り物はタダで渡しちゃ絶対にダメだよ。きちんと対価を受け取って、それと交換なんだから。ウチはこのペットボトルにお金を払う価値があると思ってるのに、そんな風に渡されたらなんかヤダ。やり直し!」
そう言って五月雨さんは俺が渡したペットボトルを突きつけてきた。…彼女たちなら里恵の友達だし、勝利のお祝いとしてあげてもいいと思ったんだけどな。
「…分かったよ。一つ70円です」
「うん。…あっ」
五月雨さんはお財布を取り出して、しまったという表情になった。そしておずおずと申し訳なさそうに言った。
「…20円、ないから、50円にしてくれないかな?なんて…」
「構いませんよ?」
「ちょ、ちょっと!もう少しさ〜、有り金全部とか、言ってよ!ウチは値引き交渉ってやつをしてみたいんだから、そんな簡単に納得しないでよ!」
「…ええ〜」
「はい!最初から!」
そうしてテイク3の交渉が始まった。
「…20円だけ負けて、50円にしてくれませんか?」
「…えっと、申し訳ありません。うちは値引きに応じていませんので」
「そこをなんとか!」
「…仕方ありませんね。では、60円にしましょう」
「…くっ、10円が、遠い。…55円!55円でどうでしょうか?」
「…58円。これ以上は無理です」
五月雨さんの希望を叶えるために俺がそう言って刻むと、五月雨さんはほんの少し口角を上げた。
「その言葉を待っていた!…はい」
「…ええ〜」
渡されたのはなんと1万円札。えっとお釣りは9942円!?…これは流石に予想外だった。俺は9950円をお釣りとして渡そうとすると五月雨さんに拒否された。最初の成功した値引きはちゃんとしてほしいってことで。仕方ないから俺は自分のお財布から2円を取り出した。流石に70円と100円の商品で1円単位のお釣りが必要とは思わなかったから用意してなかった。
「じゃあ、次は私ね!」
五月雨さんのお釣りを渡し終えた後、タイミングを見計らったようにかなかなさんがそう言った。だけど、その前にチラッと里恵の方を見たことで、やっとその意味が分かった。里恵が目覚めるまでの時間稼ぎってことね。なら、俺も協力しよう。
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