第56話

 …バスケの試合が終わった。そこで思い出したかのようにみんなが動き始めた。俺も何も売れてないことを思い出して、慌てて入り口付近まで出てきた。


 「飲み物いりませんか?ペットボトル一本80円です!100円のタオルもあります」


 声をかけると何人かは買ってくれた。もともとは120円くらいのスポーツドリンクだけど、店長はこの値段でいいと言ってくれた。…実際、もうかなりぬるくなってしまったからそうしないと売れそうになかった。店長はここまで読んでいたのかな?


 だけど、なかなか買ってくれる人は現れない。みんな自前の飲み物を用意していて必要なかったり、そのまま家に帰って飲む人だったりで、まだ一本も売れてない。


 「お兄さんお兄さん、一つくださいな」


 このまま俺が全部買い占めるか?なんて考えが出てきたころにそう声をかけてくれた人がいる。…彼女は確か、対戦相手の。


 「はい、ペットボトルでいいですか?好きなのどうぞ」

 「あっ、好きなのでいいんですか?なら…お兄さんをください!」

 「…え〜っと?」

 「…お兄さんは鈍感ですか?これからのお兄さんの人生をください。…対価は私の残りの人生全てです!」


 …あれ?告白受けてる?今初めて喋ったよね?俺が忘れてるだけ、とか?…ダメだ、思い出せない。


 「…ごめん、どこかで会ったことあったっけ?」

 「?うちら、初対面っすよ?おかしなことを言うお兄さんっすね?」

 「…いや、おかしいのは君だよね!?初対面なのに告白、というかプロポーズしてくるなんて!!」

 「にっしし、冗談っすよ。…半分は」

 「…そ、そうか」


 …何だろう?ものすごく疲れるというか、不思議な子だな。既にお兄さん呼びが気にならないくらい自然な気がする。少なくとも同年代、下手したら先輩なのに。


 「うちは藍野あいの のぞみ。希ちゃん、とでも呼んでほしいっす、

 「そ、そうか。知ってるのかもしれないが、俺は杉田 守。よろしく…藍野さん」

 「希ちゃん、っす」

 「…よろしく、希ちゃん」


 …いや、この子やけに押しが強いな!


 「お兄さん、これどうぞ。うちの個人情報っす」

 「はっ!?いやいや、受け取れないって」

 「お兄さんに受け取ってほしいっす。うちの人生の全てを捧げるんすから」

 「えっ!?あれ、冗談だったんじゃないの!?」

 「?もちろん冗談っすよ?うちなんかがお兄さんの人生をほしいなんて、身の程知らずにも程があるっすよね?」


 …もう、誰か助けて!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る