第32話

 そんなこんなで目を覚ました里恵さん。そのまま俺と目が合うと一瞬だけ止まり、ざざざっと音が聞こえてきそうなほど慌てて後退あとずさった。


 「きゃん!」

 「…里恵さん、大丈夫?」


 そして当然ながら俺の膝の上に乗っかっていた頭が床とごっつんこ。里恵さんは頭を抱えてうずくまった。


 「いった〜い!」

 「ご、ごめんね!怪我してない?大丈夫!?」


 ど、どうしよう?もし傷つけちゃったら?それで重大な病気につながったら?…俺のせいで里恵さんが辛い思いしたら?俺は俺自身を許せない。


 「…うん、大丈夫」

 「ほんと!?痛みが酷くなったりしてない!?目眩がするとか気持ち悪いとか平衡感覚がなくなるとかはない!?」

 「大丈夫だよ、大げさなんだから〜」

 「でも…」

 「う〜ん、なら確認してみる?」


 里恵さんはそう言うと俯くように少し下を向いた。意味が分からなくて戸惑っていると、里恵さんは更に言葉を続けた。


 「触って確かめてみてよ。特にコブにもなってないし大丈夫だから」

 「なっ!?そんなことするわけないでしょ!傷ついた場所を更に刺激するなんてことできるはずがないよ!!」


 確かにお医者さんとかの専門家なら触っただけである程度は分かるのかもしれない。でも、素人の俺が分かるわけがない。余計に悪化するのがオチだ。どんな怪我でもむやみやたらに触るのがいけないことなのは変わりない。


 「…むぅ」

 「…分かった。今は里恵さんの感覚を信じるよ。でももし痛みが酷くなったら病院に行ってね。もちろん費用は俺が持つから」

 「…せっかくのチャンスだったのに」

 「…えっ?何か言った?」

 「何でもないよ〜だ!」


 一瞬ものすごく残念そうに何かを呟いた気がしたけど勘違いかな?それとも…まさか痛みで顔を顰めたとか!?


 「何でもいいけど、学校に遅れるわよ〜」


 お母さんの言葉に慌てて時間を確認すると7時30分を過ぎていた。8時15分に出てギリギリだから、残り45分くらいしか時間がない!


 「えっ、ほんとだ!!急がなきゃ!!」

 「俺に手伝えることは?」

 「私が間に合うように祈ってて!」

 「りょ、了解」


 …つまり邪魔するなってことだよね?確かに下手に干渉するよりはずっとマシか。俺は言われた通りに準備の邪魔をしないように心がけた。


 「よし!行こっ!」

 「ああ、行こうか!」


 それから30分ほど経ってから。準備の整った里恵さんと一緒に家を出て学校に向かった。まだ多少の余裕はあるし、遅刻にはならないだろう。…それにしても、こうして家から一緒に出るのは初めてだな。昨日は迎えにきただけの感じだったし。そう思うと少しだけ緊張した。それもすぐに隣に里恵さん好きな人がいる安心感に変わった。

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