第13話

夕方にダンスパーティーを控えた昼下がり、うるさい音などしてないにも関わらず学生寮は普段よりも賑やかな気配で溢れていた。


ヴィルガ王立学園は全寮制ではなく、生徒のほとんどは王都の屋敷から通っている。寮を利用しているのは学園から屋敷が遠い者や、王都に屋敷がない者、訳ありの者など、全体の2~3割ほどの生徒だけなのだが、今日はダンスパーティーがある。その準備のために使用人を呼び寄せていたり、寮の貸し出しメイドを利用したりと、普段よりもこの寮にいる人の数が多いのだろう。


マリエラは、備え付けの家具以外カーテンと化粧道具とドレスしか見当たらない殺風景な部屋で、ジャナと二人、ダンスパーティーに向けて準備を始めた。

イエルの留学は今日のダンスパーティーで終わる。明日の昼にはヴィルガ王国を出国するため、荷物は午前中にまとめて発送済み。もうこの部屋には、今日と明日着る服と移動の時に持ち運ぶ手荷物しか残っていないのだ。


レオポルドから贈られたドレスを広げる。男爵令嬢に貸し出されてる質素で狭い学生寮の一室で広げるには違和感しかない、公爵令嬢時代でも特別な日にだけ着るような、男爵令嬢には逆立ちしても着ることができないはずのドレス。

レオポルドの瞳と同じオレンジ色の生地に、レオポルドの髪と魔力の色を思わせる金色の糸で繊細な刺繍が総柄のように施されている。細かく光を反射しているその黄金の刺繍が、まるで母の宝箱を開けてくれた時の煌めく黄金の魔法陣のようで、素直に素敵なドレスだと感激してしまったことが少し悔しい。


この身分不相応なドレスの予算はどこから出ているのかと、マリエラは気になってしまう。

婚約者への予算からイエルへのドレスをオーダーしたのなら横領になるのだが、イエルの正体は婚約者のマリエラなので、突き詰めて考えると正しい使い道とも言える。それが何ともおかしく、思わず笑ってしまった。


「投資界隈では、レオポルド殿下は先見の明があると言われる有名人なんです。殿下は政を為す側の人ですよ?その気になれば世情を動かせるんですから、私から言わせたら、時勢を読めて当たり前。先見の明も糞も無いんです。そんな小賢しい殿下の個人資産の多さは王族の中ではダントツらしいですね。……レオポルド殿下の個人資産でこちらのドレスを1枚購入する感覚は、例えるなら、男爵令嬢のイエル様がお小遣いからハンカチを1枚を購入する感覚と同じくらいでしょうか。ハンカチのために横領なんて危ない橋は渡らないでしょう」


世の中には投資界隈などという聞いたこともない分野の括りがあり、しかも、ジャナはそこに属しているらしい。

そう言われると、販売価格が上がりに上がった蛍石の鉱山を、レオポルドが購入したのも偶然などではないのかもしれない。あの鉱山は王国の中枢に属する人が手に入れておかないと要らぬ問題が起こる。高額でも痛みなく買える王族がレオポルドだけで、伯父はそれを狙っていたのかもしれないなとマリエラは思った。


イエルの正体は公爵令嬢。高級なドレスだとしても気後れなくスルリと袖を通し、ジャナが整えていく。こうしてドレスの着付けをジャナヘ任せていると、公爵令嬢のマリエラに戻ったような錯覚に陥ってしまう。将来的には自分だけでドレスを着れるように練習しないといけない。


男爵令嬢の部屋に専属の侍女がいるなど不自然なため、実はこうして今も寮の部屋でお世話をしてくれているジャナは、ヴィルガ王立学園でもルオポロ王立学園でも、イエルの侍女として登録されていない。イエルの侍女だと周囲へバレないようにどうやってごまかしているのかと、ジャナヘ聞いても高額な情報料を請求されるだけで教えて貰えない。


今はダンスパーティーの準備中。侍女がいない留学生なら寮の貸し出しメイドを利用するはず。

でも、明日ヴィルガ王国を出国するマリエラは、もうそこまでごまかす必要はないだろうと、メイドを借りずにジャナの手助けだけでと横着している。


「アクセサリーがブレスレットしかないのはバランス悪いよね。でも、丁度良いアクセサリーは持ってないし、どうしよう。……実は殿下からネックレスも贈りたいって言われたんだけど、ネックレスまで錠前魔法をかけられたらたまらないなって、思わず断っちゃったの。殿下がクオッカとかモルモットにしてた首輪と一緒みたいとも思っちゃったし……」


レオポルドがイエルに付けたオレンジと赤のブレスレッドには錠前魔法が掛かっていたため、レオポルドしか外すことができない。中の下の成績の男爵令嬢が鍵なしの錠前魔法を解除してしまうのはおかしいので、そのまま放置している。帰国までに解除してもらえなかったとしても、ルオポロ王国へ戻ってから自分で外すことができるので問題はない。


ブレスレットの錠前魔法に気付いたマリエラは、勝手に解除してはいけないと分かりつつ、レオポルドがかけた錠前魔法への興味が抑えられなかった。今は見るだけ、解除まではしないからと、軽い気持ちで錠前魔法を解読し始めたマリエラは絶句する。


それは、公爵家の力を使いヴィルガ王国とルオポロ王国、2カ国の錠前魔法について高度な知識を手に入れているマリエラでも見たことがないほど、非常に独特な言語で構成されていた。銀行の金庫や王城の宝物庫に使える、いや、それよりも強固な錠前魔法。

大した知識がない者が見ても、今までにないオリジナルの魔法言語で書かれていて、なおかつ、信じられないほど複雑な構成だとわかる。

今のマリエラの知識ではすぐに解除することはできない。解読には1週間、いや10日は欲しい。


マリエラは6歳から9年間の独学で錠前魔法を学び、最近やっと、マリエラオリジナルの錠前魔法を作れるようになった。

レオポルドは、おそらくイエルのブレスレットに錠前魔法を掛けるために勉強しただけ。だというのに、マリエラよりも遥かに独創的で複雑な錠前魔法を作ったというのだ。マリエラのように錠前魔法が好きで夢中になっているわけでもなく、王子としての厳しい教育や公務などの合間の時間に片手間に学んだだけで……。


マリエラは錠前魔法を作ることよりも、既存の錠前魔法を解読して解除する方が好きだし得意だと思っている。それでも感じる、身体が痺れるほどの屈辱と敗北感。

この虚しさと堪え難い嫉妬心は、6歳で錠前魔法の解除魔法陣を見た時に感じた感動よりも、その後に抱いた淡い恋心よりも大きい気がしてしまう。


もしも、マリエラがレオポルドから遠ざけられずに普通に受け入れられて、普通に婚約者として仲良く過ごし、普通に錠前魔法の研究が趣味だとレオポルドに明かしていたとしたら。……それでも、マリエラが長い時間熱心に勉強して作った錠前魔法よりも、レオポルドが片手間に勉強して作った錠前魔法の方が遥かにレベルが高いという事実は変わらない。


もしも、レオポルドとマリエラが婚約者として問題なく過ごしていたら、いつかマリエラはレオポルドの錠前魔法に嫉妬し、レオポルドを遠ざけて嫌うようになっていたかもしれない。そんなもしもに気づき、笑ってしまった。


「ネックレスも遠慮なく貰っておけばよかったんです。もしも錠前魔法がかけれていたとしても、お嬢様なら解除できますよ。勿体無い」


そう言うと思ったと笑うマリエラへ、ジャナは自身のアクセサリーを貸してくれた。小粒のルビーが付いているピアスとネックレスのセットは、今は茶色になっているが本来は赤い瞳のジャナに似合いそうだ。もちろん、同じ赤い瞳に変えているマリエラにも似合っているし、男爵令嬢が持っていてもおかしくない品質でちょうど良い。ただ、ジャナからはもう少しでそのアクセサリーを買えそうなほどのレンタル料金を請求されてしまった。


「お父様は大丈夫かしら……」


「屋敷の侍女の話だと、最近のベリンダ様はお屋敷に引きこもって、しかも旦那様を避けているようです。本日の旦那様のお出かけ先がこの学園のダンスパーティーだと気付く気配はなさそうですよ」


ベリンダとは義母のこと。ジャナは頑なに義母を”奥様”とは呼ばない。


レオポルドから贈られた外せないブレスレットを利用し、マリエラとジャナはヴィルガ王国の学園と社交界で恋人の証のブレスレットを流行させた。

わざとブレスレットを見せびらかすようにして令嬢達の嫉妬を煽り、狙い通りイエルを呼び出してきた令嬢にわざとレオポルドの錠前魔法を見せ、これはルオポロ王国では恋人の証なのだと囁いた。その結果、学園でブレスレットが流行る。そのタイミングでジャナの知り合いに学園で流行ってるブレスレットの話を社交界でしてもらった。


これにより社交界でもブレスレットが流行り出し、父が長年付けているブレスレットの意味も併せて広がった。結果、義母は社交界から逃げ出し、父は義母のいる屋敷にいるのが気まずいからと仕事を増やしたふりをして、屋敷の外で計画を進めてくれている。


レオポルドの恋人宣言が録音された録音魔道具は、あの時偶然喫茶店にいた人が録音していたことになり、父の手に渡った。正式な記録が残る方法で父から伯父に音声を送り、伯父はバルビ公爵としてその音声に憤ってるという内容の正式な書類を父宛に送る。そんな過程を経て、父の手によって無視できないものに進化さた証拠は、あとは王家へ提出するのみという状態まで準備は整っている。


化粧と髪のセットのため鏡台の椅子に座ったイエルは、今日の予定を復唱しジャナと確認する。


まず会場にアルフレードがいることを確認し、アルフレードのいる前でイエルはレオポルドとダンスを踊る。

ダンス中、マリエラの父が会場に現れる。

父はアルフレードと複数の生徒たちが見ている中で、注目を集める様に「マリエラという婚約者がいながら、別の令嬢と踊っているのはどういうことか」と、大声でレオポルドへ問いかける。

続けて「最近の学園内での行動についても報告を受けていた」と言い、レオポルドとイエルとアルフレードと父の4人で話をしようと提案して、別室へ移動する。

そんな父の行動は、”マリエラとフィオレ、二人の娘をレオポルドに袖にされ馬鹿にされたと怒り、レオポルドを王太子の地位から引きずり落とすことにした”と考えれば、ありえない話ではない。


別室ではレオポルド有責での婚約破棄を請求し、アルフレードとレオポルドと共に王城へ移動して、今晩のうちに婚約破棄を成立させる。

父はイエルへ処分は後ほど連絡すると言い、放置する。

そしてマリエラは王城へは行かず、そのまま寮へ帰り、翌日逃げる様にルオポロ王国へ帰国する。


レオポルドは、婚約破棄と、浮気の罪と、ルオポロ王国のバルビ公爵を怒らせたことで廃太子されるだろう。

新しい国内生産の魔石が見つかったとはいえ、万が一に備えて魔石の購入ルートを狭めることなどありえない。魔石が特産のルオポロ王国の心象を悪くした者を国王にはできないのだ。


王位にこだわる人間には見えないので、レオポルドへのダメージはほとんどないのだろう。王兄か、臣籍降下し公爵として、何の問題もなく嫁を娶り後継を育て、きっと愛人もたくさん作るはず。


つまり、カファロ公爵家と王家の関係が悪くなることもないため、カファロ公爵令嬢のフィオレはアルフレードと婚約できる。もしもそれが叶わないのなら、フィオレはラコーニ公爵令嬢に戻れば良い。そうすれば確実にアルフレードと婚約することができる。


優秀で誠実なアルフレードが立太子し、誰よりも王妃に相応しい努力家のフィオレは婚約する。


婚約破棄をして、実質レオポルドを王太子から引きずり落としたことになるマリエラは貴族令嬢としての未来がなくなり、王都へは戻らずカファロ公爵家の領地の一つを管理することになる。


これが今日の作戦。計画の集大成。


父の役割がとても多く、マリエラは正直心配なのだ。マリエラには情けない姿ばかりを見せているとはいえ、あれでも長年カファロ公爵を務めてきた立派な大人。そんな父を信じよう。


イエルが貰ったドレスは、イエルにとってのハンカチ程度の感覚でレオポルドは購入していたのだとジャナは言う。だとしても、本来イエルはそれを知らない。レオポルドにドレスのお礼をしないといけないと考えるのが普通だし、贈った側のレオポルドもそれを承知しているだろう。


このドレスのお礼がダンスを踊っただけですむはずはない。レオポルドは今頃、ダンスパーティーが終わったあとのことを考え、イエルに期待している気がする。


でも、レオポルドとイエルはダンスパーティーの途中で退場する。そして話し合いの途中でお別れし、二度と会うことはない。ダンスパーティーが終わったレオポルドは、イエルと過ごしていたはずの時間に、父が用意したマリエラとの婚約破棄の書類に署名して、国王や王妃に説教されることになるはずだ。


もしかしたら、ブレスレットの錠前魔法を解除せずに分かれてしまったことを心配してくれるかもしれない。でも大丈夫、マリエラなら10日でこの錠前魔法を解読し、解除魔法陣を作成することができる。二人の恋人の証がイエルの腕に残ることはない。


気づけば化粧と髪の毛のセットが終わっていた。ふんわりと波打つ髪はゆるく編み込まれてまるで冠のようになっている。コンタクトレンズで化粧をするのは初めてだが、いつも以上に思い出の中の母に似ている。


「うわぁママそっくり!お父様が喜びそうな仕上がりだね。ありがとう、ジャナ」


鏡台を覗きながら声を出すと、まるで母が話しかけてくるようで、感動してしまう。マリエラは自身の背後に立つジャナを鏡ごしに見ると、ジャナは眉と目尻を下げて、笑っていた。

ここでジャナへ笑っているよと指摘すると無表情に戻ってしまうことは想像に硬い。久しぶりのとても珍しいジャナの笑顔を、母にそっくりな自分の姿が映った鏡ごしに見ているマリエラの頭の中に、かつて一緒にジャナの笑顔を見た時の母のことばが響く。


ーーーーー『ジャナが笑うと必ず珍しいことが起きるのよ。しかも、良いことか、悪いことか選べない。ママはジャナが笑った日に二重の虹を見たことがあるんだけど、カルリノは剣が折れて、お兄様は階段を踏み外して怪我をしたことがあるわ。ママはもちろんジャナの笑顔が大好きだけど、実はちょっぴり怖いなとも思ってるの。……だから、マリエラも気をつけてね』ーーーーー


確かに母は”カルリノ”と言っていた。


「ねえ、昔『ジャナの笑顔を見たカルリノは剣が折れた』ってママが言ったよね?……ママやジャナの知り合いのカルリノって、あの従者のカルリノ?」


母の言葉の中に伯父と同じ扱いで出てきた”カルリノ”。たまたま、レオポルドの従者の”カルリノ”と同名なのだろうか。


「……給料1ヶ月分です」


笑顔を引っ込めてしまったジャナは、”はい”と”いいえ”のどちらかすら答えない上に、髪の毛50センチと同じ値段の情報料を要求してきた。


「それ、殿下の従者のカルリノがママの知り合いだって言ってるようなものだよね。……いいよ。払う。詳しく教えて」


「すみません。払うと言ってもらえると思いませんでした。これは話せません」


つまり、誰かが高いお金を払い口止めしているのだ。伯父だろうか。それとも……。


ドキドキとマリエラの動悸が速まる。カルリノは確実にイエルがマリエラだと気付いていた。しかも、母の言葉からすると、ジャナとも伯父とも知り合い。ジャナのことを信じても大丈夫なのか、伯父のことは、と考えてもしょうがないことばかり浮かんできてしまう。カルリノが母の知り合いということで予想し得る可能性に、混乱して考えがまとまらない……。


「お嬢様、そろそろお時間です」


気づけば、レオポルドが寮に迎えに来る時間だ。誰を信じて、誰を疑えば良いのかと考える時間がない。父も動いてくれている。ここまで来たら、もう、なるようになるしかないと、マリエラは、当初の予定通りに動くことを決めた。


「イエル!かわいいね。綺麗だね。やっぱ俺の見立てに間違いはないね!絶対似合うと思ってたんだよ」


レオポルドはマリエラの周囲をぐるっと一周しながら、過剰なほどに褒めてくる。恋人の演技をしてる身としては、今日でお別れだという哀愁が一切ないことに違和感があるのだが、こちらはレオポルドに合わせるしかない。

機嫌が良すぎる姿には引いてしまうが、黒を基調としたコート姿のレオポルドも制服の時よりずっと素敵に見える。


「レオ様も素敵ですぅ」


この”あざとかわいい”話し方も今日限りかと思えば、逆に楽しくなってくる。そう、もうマリエラは楽しむしかない。レオポルドの服の黒は婚約予定のフィオレの髪色と、今も婚約しているマリエラの髪色、どちらを意識しているのかと、考え込んでしまったマリエラの唇にレオポルドがキスを落とした。


「レオ様、今日は口紅をしてるんです!ほらー、レオ様の唇にも付いちゃってますよぉ」


そう言いながらハンカチを取り出し、レオポルドの唇を拭くマリエラ。レオポルドは初めてキスを許した日以降、二人きりの時間に隙を見て、啄ばむ様なキスをしてくるようになってしまった。


でも、きっと、これは最後のキス。名残惜しい気がするのは気のせいだ。


今ではマリエラが突然のキスに動揺してレオポルドを叩こうとすることはない。ちらりとレオポルドの後ろを見ると、カルリノも警戒している様子はなく、いつも通りの呆れた目をこちらに向けている。

その冷めた目を意識して観察すると、カルリノの目はどことなくジャナの目に似ていると、マリエラは気付いた。むしろ、なぜ今まで気づかなかったのだろうかと自分に呆れてしまう。


キスをしたことでますます上機嫌になったレオポルドにエスコートされ、マリエラはダンスパーティー会場の講堂へ入場した。王太子レオポルドの入場は開幕直前と決まっているため、すでにほとんどの生徒たちが入場を済ませている。


レオポルドの瞳と同じオレンジ色の生地に髪色と同じ金色の刺繍が施されたドレスを身にまとい、レオポルドの腕に手を添えて歩いている令嬢は、建前だとバレバレだったとしても、レオポルドは友人だと言い張っていたはずのイエルだ。もちろん二人の左腕には、お揃いのオレンジ色と赤色の恋人の証となるブレスレットが付けられている。婚約者がいるレオポルドの突然の不貞行為に、周囲は動揺し注目する。


マリエラはレオポルドと微笑み合いながらも、こっそりと視線だけ動かし周囲を確認した。


留学当初に遊ぼうと声を掛けてきた令息、令息から声をかけられて困っていても助けてくれなかった教師、定期的に呼び出してくる令嬢、フィオレの従兄弟ニコラス、令息たちから助けてくれた第二王子アルフレード、いつもレオポルドの後ろに控えていた従者カルリノ、そして、この4ヶ月辛い思いをさせてしまった異母妹フィオレ。役者は揃った。


いや、あとはマリエラの父がいる。父はダンスパーティーが始まり賑やかになった中を、なるべく目立たない様に講堂へ入ってくる予定だ。今はどこかの入り口付近でタイミングを見計らっているはず。


学園長の挨拶によって、レオポルドやマリエラ、フィオレ、アルフレードの運命を決めるダンスパーティーが開幕した。


「イエル、踊ろう」


「はい!」


マリエラはレオポルドと踊る。8歳で婚約してから初めての、レオポルドとのダンス。

王城で受けていたダンスの授業、マリエラの相手はいつも先生だった。ある日見かけたレオポルドのダンスの授業では、レオポルドはフィオレと踊っていた。

そんな二人を見ていたマリエラの顔は、今、レオポルドと踊るイオレを見ているフィオレと同じ、どこか悲しい顔をしていたのだろうか……。


男爵令嬢にしては上手に踊ってしまっているマリエラだが、もう明日にはルオポロ王国へ帰るのだし、レオポルドの完璧なリードのせいにしたらきっと大丈夫と、気づけば心からダンスを楽しんでしまっていた。そんなマリエラはレオポルドに背中を押され、クルリと大きくターンをした。そのマリエラの目の端に入り込んだ父。レオポルドと同じ黒色のコートに身を包んだ父は、黒髪の令嬢をエスコートしていた。


えっ?


マリエラは踊りながら、今度はちゃんと父の方を見た。父の右手へ左手を添えているのは、波打つ黒髪にメガネをかけ、水色の瞳の、青いドレスを着た小柄な令嬢。分厚いレンズのせいで顔つきはわからないが、背格好からしてジャナの変装ではないし、先ほど金色のドレスを着ていたフィオレでもなく、もちろん銀髪で黒い瞳の義母でもない。


父とその令嬢は、睨むようにこちらを見つめている。


あれは誰だと、どうしようと、考えながら踊るマリエラ。動揺を隠すことができず明らかに焦っているというのに、余裕の笑みで笑いかけてくるレオポルド。

曲は終盤に差し掛かり、フィオレが、父達に近づいていくのが見えた。フィオレの表情はマリエラと同様に焦っている。


フィオレが父の元にたどり着く前、ダンスが終わった。


「レオポルド殿下!マリエラという婚約者がいながら、別の令嬢と踊るとはどういうことか!」


父は予定通りの言葉を叫んだ。予定にない令嬢をエスコートしながら。


「カファロ公爵とマリエラか。丁度良い」


焦るか、開き直るか、それとも、イエルを友人と言い張るかとレオポルドの反応を予想していた。正解は、予定にはなかった謎の令嬢をマリエラだと断定し、この状況を適当だと言う。そんな反応、マリエラが当てられる訳がない。


「私レオポルド・ヴィルガはそこにいるマリエラ・カファロとの婚約を破棄し、こちらのイエル・ドルチェと婚約することを宣言する!」


そして、本物のマリエラの腰に手を回したレオポルドは、偽物のマリエラに向かって高らかに婚約破棄を宣言した。


マリエラにはわかる。父のあの表情はこの事態を知っていた。見たことがないほどにうろたえ、情けなくよろよろと腰をついてしまっているフィオレは知らなかった。そして、ジャナの笑顔を見たマリエラは、予感していた。


マリエラはレオポルドに利用されているのだと。


先見の明があると言われてたのに利益のない高値で鉱山を買ったレオポルド、父からの手紙の次の日に丁度よくナンパしてきたレオポルド、母の宝箱を開けた時に見ていた素顔のマリエラとイエルを優秀にも関わらず結びつけないレオポルド、無意識に違和感を感じていただろうことが次々と浮かんでくる。


レオポルドが父と連絡を取っていたとしたら、伯父もだろう。いや、伯父とジャナもだ。カルリノの存在がそれを物語っている。少なくともマリエラが螢石の鉱山をレオポルドに売った時には、レオポルドは今の状況の絵を描いていたはず。一体いつから何を企んでいたのだろうか……。


自分はこれからどうしたらよいか考える。目的を、夢を見失ってはいけない。優先すべきはルオポロ王国で錠前魔導師になること、エンリコが傷つかないようにマリエラを殺さないこと、フィオレが王妃になって幸せになること。この3つさえ叶えられれば、レオポルドに利用されていたとしても、父と伯父とジャナに騙されていたことも問題はない。


臨機応変に、とりあえずは自分がマリエラだと、父の隣にいる謎の令嬢は偽物だとはバレないようにしておこうと、マリエラはこのままイエルとして、ことの成り行きを見守ることにした。

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