第12話
「まだマリエラと婚約解消してないんだし、フィオレをエスコートすることは出来ないよ。それに、パートナーは必須じゃない。もしもエスコートの相手が欲しいならアルは予定ないって言ってたよ?」
ダンスパーティーの三日前、イエルが一緒にいないタイミングにと、昼休みになってすぐを狙って2年の校舎まで行き「ダンスパーティーはレオ様がエスコートしてくれると思ってます」と言ったフィオレへの、レオポルドの返事。
最近のレオポルドの態度に、万が一と思って確認しにきたのだが、レオポルトはフィオレをエスコートしないどころか、暗に他に約束があるとまで言われてしまった。「アル”は”予定ない」ということは、レオポルド"は"予定があるということ。
「新年会はフィオレをエスコートするから機嫌直してよ。……じゃあ、俺急ぐから!」
同じくまだマリエラと婚約解消していない年明けすぐの新年会でエスコートができるのなら、年末のダンスパーティーのエスコートを断る理由にはなっていない。そう言い返そうとしたフィオレの返事も待たず、レオポルドはこちらへ背を向けて手を振り、逃げるように去っていった。
その手首に煌めくオレンジと赤2色のブレスレット。レオポルドの瞳のオレンジ色と、もう1色の赤と同じ色の瞳をした女の顔が浮かび、心が大波のように荒れる。
ここでゴネてもしょうがない、無理やり気持ちを切り替えて食堂へ移動しようとフィオレは踵を返した。その視線の隅で取り巻きの一人が怯えた反応をしたことが、癪に障る。イエルへの苛立ちを表へ出さないように、完璧に表情を管理しているフィオレの労力が、これでは台無しだ。この伯爵令嬢の腕にも、婚約者とお揃いの2色の宝石がついたブレスレットを付けているのも気に食わない。
12月に入ってからレオポルドとイエルはお揃いのブレスレットを、まるで見せびらかしているように、付けるようになった。イエルを呼び出し、その身に余るブレスレットを外せと”お願い”した令嬢からの情報だと、イエルのブレスレットにはレオポルドが作った錠前魔法がかかっていて、レオポルド以外誰にも、イエルにも、外せないのだという。
わずか16歳で錠前魔法を作れる、つまり、自分独自の魔法言語を持っているというレオポルドの偉業とともに、ルオポロ王国のブレスレットの意味が学園中に知れ渡り、婚約者同士で二人の瞳の色が入ったブレスレットをお揃いで付けるのが流行ってしまった。
嫉妬の女神ヘーラーを祀るルオポロ王国の恋人の証は、このヴィルガ王国で進化、いや退化を遂げた。ヴィルガ王国の令息令嬢達は、左腕には婚約者とお揃いのブレスレットを付け、左足首にはこっそりと浮気相手とお揃いのアンクレットを付ける。足首は見えないように注意するし、偶然見えてしまっても口外しないのが暗黙の了解。
レオポルドにも、せめて人目につかないアンクレットにする配慮はできなかったのかと憤る。レオポルドだけではない、フィオレの父にもだ。
このブレスレットの流行は、順当に学園から社交界へ広がり、ヴィルガ王国貴族の間で夫婦や婚約者のブレスレットと、秘密の恋人のアンクレットが流行しているのだ。
それに伴い、学園時代からずっとカファロ公爵の左手首を飾っている青と水色のブレスレットが話題に上がってしまった。前カファロ公爵夫人はルオポロ王国出身で、青はカファロ公爵の、水色は前カファロ公爵夫人の瞳の色。現カファロ公爵夫人は銀髪に黒い瞳で、水色の要素はない。しかも、前カファロ公爵夫人が亡くなってからはカファロ公爵のブレスレットは二重になり、今もその腕に存在し続けている。
カファロ公爵と前カファロ公爵夫人は政略結婚で、現カファロ公爵夫人の母こそが真実の愛の相手であったとされていた。それが全て偽りであったと判明してしまい、母は対抗派閥の夫人から笑い者にされているのだ。
それが父のことでなければ計略を巡らせ、どんな手を使っても乗り越えていたであろう母だが、生まれて初めて逃げ出し、父への一方的な愛が弱点なのだと晒してしまった。最近は、ほとぼりが冷めるまでと社交を休み屋敷に引きこもっている。
そんな母の隣に父はいない。ブレスレットのことがバレ、母と顔を会わせるのが気まずいのか以前よりも屋敷を空けていることが多い。将来公爵になるために実際の仕事を見せるのだと7歳のエンリコを連れて仕事に励んでいるらしい。
母は社交界で笑い者になっていることももちろんショックだろうが、前妻が亡くなってから8年経って今更ブレスレットの意味を知り、しかも父がそのブレスレットを今も外していないことがなにより耐えられないようだ。……気持ちは分かる。
あの母が父のブレスレットを無理やり奪ってちぎり捨てないことが不思議だが、社交界から逃げ出すくらいの、何か心境の変化があるのかもしれない。
イエルのブレスレットには錠前魔法が掛かられているらしいが、腕を切り落とせば解除しなくても外すことができるだろうか。本当は今すぐイエルの腕を切り、あの悍ましいブレスレットを粉々に壊したいのだが、母も我慢しているのだからと考え自制している。
そんな、フィオレが気分を害すとわかりきっているブレスレットを付け、フィオレの一挙一動を大げさに周囲へ漏らすこの愚図な取り巻きの伯爵令嬢。己の目に二度と入らないように処理しろと、フィオレは取り巻きを管理させている侯爵令嬢へ目配せで伝えた。
レオポルドはダンスパーティーであのピンク頭をエスコートするつもりらしい。パートナーとしてダンスも踊るのだろう。恋人の証であるお揃いのブレスレットを付けたまま。
国内発掘の魔石の認可は、あとは国際魔石機関から合格の知らせを待つだけ。あと10日後、新年の1週目の月曜日に発表されるはずと、ほぼ確信として過去の事例から予想している。そして、その日中にマリエラとレオポルドは婚約を解消し、翌日にフィオレとレオポルドが婚約する。そのための手筈は整え済み。
万が一、誰かがマリエラや父にレオポルドのダンスパーティーでの浮気を伝えたとしても、婚約解消までに婚約破棄に足りる証拠を用意し訴えることは出来ないだろう。家族として父の動向に注意し妨害することも簡単。
なぜ、レオポルドがイエルと過ごすために、フィオレがヤキモキしないといけないのか。虚しくても、あと11日でレオポルドとフィオレの婚約が成される、二人は確実に王国一の夫婦になると、フィオレは自分で自分を慰めた。
先週、生まれて初めて母と二人でお茶を飲んだ。
7歳まで表向きには姉だったことも関係しているかもしれないが、常に社交や仕事で忙しくし、フィオレの世話は乳母や侍女に、教育は何人もの教育係に任せきりで、家族として過ごした記憶がほとんどない母。フィオレ自身も幼い頃から王妃になるための自己研鑽に励んでいたため母に割く時間は取らなかった。
そんな母からのお茶会の誘い。何か話があるのかと思い聞きに行ったのだが、ただ顔を見たかったのだと言われて困惑する。すぐに手持ち無沙汰になり、二人無言でカップのお茶を見続け、そろそろ終わる時間かという頃合いに思わず漏れた弱音。
「レオ様は私の気持ちに気付いてるの……」
そっとカップから顔を上げると、母の黒い瞳がこちらを見ていた。この黒を暖かいと感じたのは初めてだ。
「なのに、私の目の前で男爵令嬢を可愛がるんです。まだ本気ならわかる。短期の留学生に帰国後のことを約束せずに恋人のように扱ってる。……どこか私に悪いところがあるんでしょうか……」
「最低ね……シルヴィオは本気だったけど、本気と遊びならどちらが辛いのかしら」
「最低なんです。でも、レオ様を嫌いになれない。……嫌いになれたら楽なのに」
「嫌いになれないからよ。何をしてもあなたが自分を好きだって知ってるし、許してくれるって理解してるから、目の前で浮気をするの。頭が良い多情な男は厄介なのね。不器用で一途な男も厄介だけど……そんな男でも好きなんでしょう?執着心なんて、似なくていいところが似てしまって、ごめんなさいね」
頷きながら飲んだお茶は、砂糖もミルクもいれず、淹れてから時間が経ち冷めているはずなのに、少し甘くて暖かい気がした。
母の言葉は正しいのだろう。好奇心旺盛で新し物好きなレオポルドはきっとフィオレの気持ちにあぐらをかいる。イエルがいなくなっても、また新しいイエルが現れるのかもしれない。先に好きになったフィオレが負けなのだろう。フィオレ以外は浮気で、本気にならないように、何か対策を考えよう。
三日後のダンスパーティーの翌日、イエルはルオポロ王国へ帰る。二人の様子を監視させてる者からは、留学期間が終わってからの未来の話は二人とも口にしてないと報告されている。あんなに可愛がっていたチンチラも、クオッカワラビーも、デグーも、モルモットも、フクロウもいつの間にか飼育係に任せて放置していた。イエルもすぐに忘れるだろう。
レオポルドとイエルが踊るダンスパーティーなど行きたくないが、将来の王妃として欠席することなど叶わない。3ヶ月後、進学前の長期休み、あのピンクの髪を毟ることを支えに乗り切ろう、とフィオレは決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます