第2話



窓の外は、とうに、暗くなっているがタロウの部屋の中は、やけに明るかった

何面も、連なって居るテーブルの上のモニターの画面は、pcの箱に、点滴のように、つながれていた

その前で、一人、見つめていたが

ふと、足音を聞いたような気がして、振り返るが、そこには、誰の姿も、黙認できなかった

殺風景な部屋

それが、この部屋を、言い表せる単語だ

服は、肌着を除けば、十本の手に収まるほどしか、持っていない

ベッドの上の布団を除けば、唯一カーテンが、外の明かりを、遮断したまま、開かれていない姿を見るくらいで、白い壁紙と、フローリング以外

設計当初からプラスされたものは、両手足の指に収まりかねない寒々しい部屋だ

一軒家の二階

彼の行動スペースは、学校とこの部屋の往復で、殆どが、終わって居る、終了していた

完結を、目指しているようでもあった

「なあ」

振り返る

ヘッドホンも、イヤホンも、していない

いや、音楽すら聞く事が無いのだ

そんなものは、不要だ

たとえ、同居人が居たとしても、独り言もしないのだから、自分が、寝言をしていなければ、うるさいと言われる心配は、無さそうである

少なくとも、自分は、この家に、一人である

「きいていないのかよ」

直ぐ近くに、人の気配を感じる

自分自身、みにまむに、動いているせいだろうか、自分以外の存在が、自分よりも、大きく感じることがある

しかし、こんな部屋まで、その雰囲気が忍び込んできたことは、記憶にない

(だれだ)

そう、言おうとしたが、やはり、この家に、泥棒以外で、誰か忍び込むとも思えないし

泥棒が、わざわざ、話しかけてくるような

頭がおかしいか、陽キャだとは思えない

大体、この家には、決まった量の食材以外

特に、他人様が、使えそうなものはない

もしかすると、唯一母親の趣味の便座カバーが、アンティークだったらしいので

それが、おきにいるとも思えないが、そう言う事が、百歩千歩五十歩百歩とあるかも知れないが

ここにきている理由にはならない

泥棒が、お礼などいって出てはいかない

「だれだ」

簡素な、言葉だろう

感情なく

気遣いなく、意志の押し付けのない

機械音性よりも薄情さが、人間から漏れ出た

「俺は、インキュバスだ」

聞きなれない単語青白い明りを、媒体に、その姿が、ゆっくりと、部屋に確実に存在していることを、照明する

まるで、バービー人形のようなスラリとした手足

所謂、モデル体型と言われるものだろうか

何かの雑誌で、球体関節人形

と、言われるものの存在を知ったが

人の理想は知らないが

しかし、それは、考えを超えた

そんな存在に思えた

「なあ、俺と、付き合ってくれよ」

タロウは、間髪入れずいう

「いやだ」

何でだ

部屋の中に、鋭い、声が飛ぶ

画面から飛ぶ明かりで、その姿が、いよいよ、全貌を、見ることが、出来るが

明らかに、この部屋にはない服

そして、見たこともない、目の覚め、怖気づくような美人が、そこにはいた

「お前は、俺を、悪魔か何かだと、勘違いしているかもしれない

泥棒強盗だと思って居るかもしれないが

違う

俺は、れっきとしたインキュバス

性を、盗むものだ

お前だって、やることは、やっているだろ、どうせ使わないなら」

タロウは、考えていた

いや、知って居る

世の中には、妖怪、悪魔、神の類の単語を知って居る

子供なら、一度は、その図鑑を見て、おとぎ話の捕捉を、楽しむものかもしれない

しかし、しかし

タロウは、口を開く

「あなたは、ゲイですか」

その言葉に、暗闇に、溶け込んでいた

人影の目が、見開かれる

「なんの」

タロウは言う

「僕は、そういう知識には、精通していませんが、インキュバスは、女性の性を、得ようとする

物だと、物語の中で、昔読んだ気がします

私は、残念ながら、男です

お帰り下さい」

開かれた目は、ゆっくりと、タロウを、見据えた

「大丈夫だよ、僕が、好きなのは、キミだから」

タロウは、ゆっくりと、歩き出す

その異物者の横を通り過ぎ

ドアを開けて、もう一度、繰り返した

「結構です」

「なんでだよー」

後ろの方で、声小さく、インキュバスが、叫ぶ

最近は、男の減色化で、女性の遊び相手が、少ないと聞くが

これも、世の中の住み分けの失敗が、産んだ劣等感の植え付けだろうか

いや、女性の方が、多いのであれば、つけ入るすきも、あるだろうに

これは、最近はやりの趣味趣向の肯定戦争の類か

いや、偏食なのだろうか

「僕は、君が、ここで、僕を、愛してくれるまで、居座るから」

けっこうです  

三度目の声が、ドアの真横で聞こえる

「ちょ、ちょっと待ってくれよ

嘘だろ」

インキュバスが、急に、悲鳴のような悲痛な声を上げた

タロウは、興味なさげに、もう一度、繰り返そうかとも思ったが

「どうしたんですか」と冷ややかに、言う

「君まさか」

どうしたんです

タロウは、繰り返さずに、目で返した

「自性行為を、していないのか、オナニーだよ、この部屋には、生の、その痕跡がない」

タロウの目は、死んだ魚のように、うつろに、画面の前に、立つ

非事象の存在を見つめた

人は、一人でいると、おかしくなると言うが

本当に、おかしくなったのだろうか

病院に、車の前に、気が付かないうちに、飛び出ていたなんてことが、起こらないうちに

迷惑をかけないように、めんどくさい事にならないうちに、受診した方が、良いだろうか

うつろな目は、非現実的美を、眺めていた

「病院に言った方が良いよ」

相手の言葉は、タロウに、何を、思わせたのだろうか

ゆつくりと、部屋のドアが、閉められた

「何だい、僕の美しさに、一晩共にしたいと思った・・あ・あ」

その細い白い喉に、筋力のない腕が、絡みつく

しかし、くぐもった声は、締め付けられた

動物の断末魔のように

死を、予感させる分断のない境界線

あいまいに、揺らめく

「なっ・・あ・でも」

手で、頸動脈が、ゆっくりと、締め付けられる

相手は、逃げようもない

いや、動かない

まるで、その鼓動を、相手に、伝えるためだけに、悶えているようだ

「お前は、僕の幻想なら、戦わなければいけない

非現実など、この世の中には、存在しないのだ

もしそれでも、居るのであれば、これは、僕の心の問題じゃない

幻視

物理的問題の可能性がある」

一分後

腕が話されると

彼は、タロウの方を見ていた

ジンワリと、よだれのようなものが、唇を、濡らす

苦しいのだろうが、その目線は、暗闇の中

顔は、タロウを見ている

「やっと、逢えたよ、君が求めるなら、女のように、振舞うよ、俺なんて、良くないかもね」

タロウは、どちらでもよかった

ただ、体をひねり

服をもって、下の階に向かった

部屋のどこかで、自動給湯の開始の音が

風呂に、お湯が張られていることを、示していた

「僕は、もう死んでいたのかもしれない」

タロウは鏡を見ながら電気も付けずに考える

統合失調症

「お風呂が沸きました」

遠くの方で、真横の現状を、機械が知らせてくれた

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