【麻琴、アメリア(1)】

(どうしよう……着替えなんて持ってきてないし……)


 手探りで自分の背中にふれる。

 東京ケツバット村には日帰り遊びで訪れたため、お菓子や漫画は持ってきていても、代えの衣類等はミニリュックに当然入れてきてはいない。

 ただし、背負っているはずのミニリュックは、そこにはなかった。担ぐのに邪魔だからと、ガスマスクの男が捨てたのだろうか。


「ええっ!? ないないない! リュックがないよぉ!?」


 急に膝立ちになり、慌てた様子で背中を確認する東洋人少女の滑稽こっけいな姿に、アメリアはころころとふたたび笑いだす。続いて麻琴の手を引くと、通路の先を指差してついて来るように意思表示をしてみせた。


「えっ、なに? あっちなの?」


 けれども麻琴は、アメリアが自分のミニリュックの在処ありかを知っているのかと思い込み、導かれるまま、薄暗い通路の奥へと進んでいった。



     *



 奥へ進むにつれて、麻琴の緊張感が高まる。

 剥き出しのコンクリートの壁や床には、ところどころ血液のような赤いまつが付着していたからだ。


(わたしをどこへ連れていくつもりなのかな?)


 手を引かれながら、前を行くアメリアの足もとを見れば、なんと裸足で歩いているではないか。

 麻琴は考える。

 そういえば、この少女はなぜ肌着姿なのだろう。外国人とはいえ、白くてやつれた顔色も相まって、よくない想像ばかりが脳裏に思いえがかれる。ひょっとしたら……いや、間違いなく、ガスマスクの男たちから、なんらかの虐待を受けていたのではないか──と。

 すると、麻琴の視界の片隅に、人のような形がいくつか通り過ぎていった。


「あっ!」歩きながら振り返った麻琴は、思わず声をあげる。


 通路の両端には、壁に寄り掛かるようにしてすわったり、重なるようにして倒れるガスマスクを被った戦闘員たちの姿があったからだ。

 だが、その誰もがぺちゃんこに潰れた頭をしていて、一目で死んでいることがわかる凄惨な状態であった。そんな光景の中を、アメリアは驚きもせずに進んでいく。


(この子、死体を見ても全然怖くないのかな?)


 やがて、ドアノブの付いた扉の前で立ち止まると、向き直ったアメリアが麻琴の股間と扉を交互に指差した。


「えっ……今度は、なに?」


 その意味を理解出来ない麻琴に、アメリアはため息を吐く。そして、扉を勢いよく開けてから、中へ早く入るように麻琴の背中を強く押してうながした。


「ちょ、ちょ、ちょ?!」


 ふたりが入るのと同時に、センサーが反応してあかりが点く。

 そこは通路とは違い、壁のクロス張りなどの内装が丁寧に施された部屋だった。

 入ってすぐにある洗面台の向こう側には、扉が開け放たれたままの個室が四つと、その反対には真新しいロッカーがいくつか見える。各個室にシャワーヘッドが掛けてあることからして、ここはシャワー室で間違いはないだろう。


「あっ、なるほど……」


 恥ずかしさで真っ赤になった麻琴は、照れ笑いを浮かべて黒髪にふれる。アメリアも笑顔をみせていた。


『わたしもシャワーを浴びるわ』


 そう言ってロッカーの前まで進み、アメリアは純白のキャミソールを脱ぎ始めた。


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