挿話 闇の道

【謎の少女】

 地震が起きてすぐの事である。

 固く閉ざされた鉄扉から短い電子音が聞こえたかと思えば、突如それが開いたのだ。


 扉のそばには、誰ひとり姿が見えない。

 この瞬間、自分はとらわれの身から解放された。

 まさかの出来事ではあったが、真向いの壁際で横ずわりをしていた白銀の長い髪の少女は確信する。


 これは、神様の御業に違いない──と。


 神様はいつも、我々を見ておられる。見守ってくださっている。きっとこれは、〝救いの手〟なのだ。

 純白のキャミソールの胸もとから小さな銀製の十字架を片手で取り出した少女が、乾いた薄い唇で口づけをし、〝どうか我に御加護を〟と強く願う。

 そして、膝を横に崩してすわっていた姿勢からゆっくり立ち上がり、出口へと向かう。

 狭い牢獄のような、それでいて妙に明るいこの室内と比べれば、扉の向こう側の長い廊下は暗闇そのものであった。

 そう。

 囚われていた少女が踏み出そうとした先……闇の中を進むには、何よりも光が必要なのだ。

 だが、少女に恐れはなかった。

 差し伸べられた母親の手を無意識に握る子供のように、絶対的な安心感のなかで少女は一歩、また一歩と、導かれるようにして素足で踏み出していく。


 ちょうど扉を抜けたその時、今度は通路にあるスピーカーから、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 少女は、この不吉を報せる音色を嫌った。

 悲しい出来事が否応なしによみがえる。それは、愛する人たちを失った悲劇だった。

 白い肌の頬に涙が一滴ひとしずく伝う。

 冷たい床へと落ちるまでに、涙は幾度もきらめいた。




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