【雪平忍(2)】

 雪平忍は、フリーのジャーナリストである。

 そう名乗ればどこか聞こえが良いが、実際は週刊誌やスポーツ新聞に芸能関係のゴシップ記事を売り込む、真のジャーナリズムとはほど遠い存在であった。


 ある日の正午、既婚者の有名野球選手と三流グラビアアイドルがシティホテルで密会するとの情報を元に、公園の中で一眼レフのデジタルカメラを構えて張り込んでいると、不意に背後から女性に話しかけられた。


「あの、花がお好きなんですか?」


 近くのオフィスビルから、ランチタイムに抜け出してきたのであろうか。小さな弁当箱を入れたカラフルな花柄の吾妻あずま袋を持つ、スカートスーツ姿の清楚な女性──それが美雨だった。


「あ?」


 言われて初めて気がついたが、雪平はたったひとり、色とりどりのパンジーとデイジーが肩を寄せ合うようにして咲き乱れる花壇の前で、カメラのファインダーをのぞき込んでじっと構えてたたずんでいた。


「……まあ、そんなところだ」


 無愛想に返事をしてカメラを構え直した雪平に、美雨は小さく笑ってみせる。


「素敵ですね、被写体も肩の喋も」

(肩の蝶?)


 自分の右肩を見てみれば、綺麗な青い喋が1頭、羽を休めてとまっていた。ほんの一瞬だけ雪平と見つめ合うようにした青い喋は、すぐに天高く優雅に舞い上がり、どこか遠くへと消えていった。



 それから数日間、情報を元に同じ時間帯で張り込んではみたが、なんの成果も得られなかった。

 その代わり、何度も顔を合わせた美雨から「よかったら食べませんか?」と、彼女の手作り弁当を一緒に食べる仲にまで発展していた。

 結局その後も野球選手たちは現れなかったが、美雨と出会って付き合うことができた。

 自分の職業について、フリーランスのカメラマン程度には説明したが、ゴシップ記事をつけ狙うハエのような奴だと知れるのは時間の問題だった。

 ばれてしまっても気にしない性格ではあるが、その時の雪平は、なぜか急にジャーナリズムの正義に目覚め、偶然耳にした都市伝説の事件を追うようになる。

 それは、ある〝村〟で起こる観光客の失踪事件。

 その村は地図上には存在せず、けれども都心部や各地方都市などで観光地として誘致活動を行い、特に若い男女の観光客を募っているらしい。そして、一度村に足を踏み入れた者は決して帰らない……戻ることがないというのだ。


「面白そうじゃねえか」


 もしそれが本当であるならば、目的は人身売買や臓器提供目的の、何か巨大な闇の組織絡みであるだろうと雪平は推測した。

 だが、いざ調べてみると、村に関しての証言は何も得られず、ひとつの記事にするにしても情報が全然足りなかった。

 そんな中、雪平は奇跡的に村の名前を掴む。



 ケツバット村──



 それが唯一の鍵。

 それを頼りに、真実を追い求め続ける雪平がついにたどり着いたのが、ここ東京ケツバット村である。

 偶然にしては気になる、特徴的なネーミングだった。単独で潜入しようとする雪平に、幸運にも協力者が現れる。彼は米国アメリカ在住のフリージャーナリストで、なんと同じような事件がそこでも起きており、次は日本で大掛かりな計画が行われるというのだ。

 彼からもたらされた新しい数々の情報の中には、〝組織〟の存在があった。雪平が最初に睨んだとおり、闇の巨大な力が背後で蠢いていたのだ。

 それは想像以上の収穫だった。これが白日のもとにさらされれば、世界的な大スクープである。

 鼻息を荒くした雪平は、彼と共に東京ケツバット村へ潜入取材を試みる。が、その直前に彼は、謎の死を遂げた。

 空港へ向かう途中のバス車内で、頭部が突然グシャリとへこんで潰れたというのだ。

 常識的にありえない現象ではあるが、タイミングを考えると、〝組織〟の関与は濃厚である。雪平自身も暗殺されるのではと危惧したが、その後も身の危険を感じるような出来事は何ひとつなかった。それでも念のため、潜入するにあたって雪平は、恋人の美雨を連れてカップル客として東京ケツバット村へ乗り込んだ。

 だが、結果的にそれが災いして、ふたりは離ればなれになってしまった。

 これは目先のスクープに心奪われ、恋人の安全を疎かにしてしまった報い──天罰に違いないだろう。雪平はそう思った。


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