【凛(3)】

「あっ……あっ、んッ…………あ……アッ、あはっ……!」


 凛の小刻みな手の動きに合わせ、小さく声を洩らす駿介。間近に迫る絶頂を表現するように、背中を反らせて腰を突き出す。

 と、重みに耐えきれなくなった便座の蓋が、大きな音を発して割れた。


「あぁ? 誰かいるのかぁ?」


 公衆トイレ全体に響くような大声で、偶然にも小便器で用を足そうとしていた雪平が連なる個室に向かって話しかける。

 凛が手を止め、背後の扉へと振り返る。

 施錠はされていない。

 駿介も慌てて勃起した陰茎をしまい込もうとしていたが、なかなか納まらないので余計に焦った。

 足音が近づく。

 一つずつ、雪平は個室の扉を勢いよく開けていく。

 やがてすぐに、股間を隆起させた男と、その前でうずくまる少女と目が合った。


「……おまえ!」

「ひっ?! ひゃあああ! たっ、助けて──うわぁッ!?」


 凛の目の前で、金属バットを持つ雪平に胸ぐらを掴まれた駿介が、情けない顔で個室から引きずり出されてすぐ、床へ容赦なく叩きつけられる。駿介の性器は、すっかりと力無くしなびていた。


「この変態野郎がッ! 子供になんて事をさせやがるんだ!」


 明らかに激昂した雪平が、寝転がる駿介を蹴って、蹴って、蹴りまくる。

 そんな様子を凛は、うずくまったままで個室の中から無表情で眺めていた。大人の男とは思えない悲鳴を上げながら、駿介は必死に命乞いをしている。


 ざまあみろ。

 誰も同情などするわけがない。


 絞られた後のボロ雑巾のような格好で横たわる駿介に唾を吐いた雪平は、肩で息をしながら振り返って凛を見つめる。ボサボサ頭と怒りの感情で真っ赤に染まった不精髭の顔、それに金属バットを持つ姿がまるで赤鬼のようだ。


「お嬢ちゃん、ひとりで東京ケツバット村に来たのか?」


 凄味のあふれる気迫に圧倒された凛が、かぶりを振って答える。


「友達と一緒に……あの、ありがとうございました」


 立ち上がってから律儀にペコリと頭を下げる少女をじっと見つめていた雪平は、ふと急に、自身の生理現象を思い出す。


「おっと、ションベンするところだった。お嬢ちゃん、ここは男子トイレなんだ。外に出てくれるかな」

「あっ、はい。すみません……」


 もう一度頭を下げてから、凛は駆け足で個室を出る。そしてそのまま、女子トイレへと入っていった。


 凛は入ってすぐ、洗面台で念入りに洗剤をつけて手を洗った。センサー式ではなかったので、蛇口を目一杯開いて頭にも水を被る。

 顔を上げて鏡を見れば、濡れ髪で人形のような感情のない自分と目が合った。瞬間的に凛は何かをひらめき、ふたたび男子トイレ内へと走りだす。


「おっ、おい!」


 男子トイレから出てくる雪平にぶつかりそうになったが、そのまま床に転がる駿介へと駆け寄り、彼の身体をまさぐる。

 いったい何をしているのか──少女の奇妙な行動を、雪平は頭を掻きながら見守っていた。


「──あった!」


 駿介が穿いているチノパンの後ろポケットからスマートフォンを取り出した凛は、画面を起動させてフォルダを確認する。

 自分の画像や動画を見つけて立ち上がると、手にした駿介のスマホを床に激しく叩きつけ、それを何度も踏みつけた。どうせバックアップは取ってあるだろうが、そうせずにはいられなかった。

 何度も踏みつけられるスマホの画面では、その衝撃に反応して、わいせつ画像が切り替わって表示されていく。それは凛だけでなく、別の少女たちの物も少なくはなかった。

 スマートフォンは想像以上に頑丈で、いくら踏みつけても壊れそうにない。

 凛は涙を滲ませながら、さらに激しく踏みつける。そんな様子に、雪平は大体の察しがついた。


「お嬢ちゃん、どきな!」


 呼びかけられて離れる凛の目の前を、振り下ろされた金属バットの残像が勢いよく通り過ぎた。

 そして盛大な破裂音と共に、駿介のスマートフォンは木っ端微塵となって破壊された。


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